ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

kohoshi_035

論家の小山富士夫先生(故人)に鎌倉まで会いに行きました。青磁に関する本のほとんどに名前が載られているような先生で、約束もしていないのに自宅まで押しかけました。雪が降る日で、寒いからと入らせていただいたコタツの温もりは今も忘れられません。小山先生は「青磁ぐらい魅力的なものはない」と、青磁に挑戦する私を「勇気がある」と励ましてくださいました。飛び跳ねるくらい嬉しくて、それからは青磁に関する勉強はなんでもやりました。30代の時に出品した伝統工芸展で初めて賞をいただくと、「九州にも青磁作家がいる」と注目されるようになりました。父の影響で青磁の陶片と出会い、若い頃に小山先生と出会えたからこそ今の私があると思っています。学長若い人たちの教育についてはどのようにお考えですか。中島先生以前は一心不乱に自分の仕事にだけ没頭していましたが、人間国宝に認定されてからは自分のことだけでなく後進の育成に尽くすことも大切な使命になっています。若い人たちと研究会を開くことも増え、どうしたらやる気を引き出せるかを考えながら指導しています。たとえば、若い人たちの作品は、いいところだけを見て褒めるようにしています。自信をつけさせて、その気にさせることが大切。私自身、おだてられてここまできましたから(笑)。もちろん、ぼろくそに言われたこともありましたが、褒めてくれた人と付き合ってきたからこそ今があります。若い才能の芽をつまないためにも、展覧会では努めて若い人を入選させるようにして、作品を世に出すようにしています。学長具体的には、どのようなアドバイスでやる気を起こさせているのでしょうか。中島先生どんなに冒険しても、失敗しても命までは取られないんだから、これと思ったことは好きなようになんでも挑戦しろと言っています。とくに佐賀の陶芸家たちには「伝統的であって、前衛的であれ」と。伝統というと古臭くて守るべきもののように聞こえるかもしれませんが、攻めることが必要。そのためには、のびやかな作品づくりができて、個性的な芸術が生まれるような環境づくりがとても大切です。学長個性を磨くためには、まずは自分の個性が何であるかに気付かなければなりません。中島先生は、自分だけにしかできない青磁を求め続けて、今のスタイルに行きつかれていますね。中島先生「人がやっていないことをやろう」という気持ちで、常に前だけを見てきました。作品の多くを売らない作家もいますが、私が手元においているのは4~5点ほど。過去の作品は感性の邪魔になるからです。「これまで作ったなかで一番いい」と思っても、3日くらいすれば飽きてしまう。もっといいのができるんじゃないかと思ってしまいます。ちなみに私の作品には同じものは一つとありません。造形も色も一つひとつ違います。同じものを作ることほど面白くないものはありません。青磁作家の場合、土を変える人はほとんどいませんが私は土も変えます。釉薬と同じで、土を変えることで、作品の表情が全く変わるからです。また、青磁といえば磁器をイメージする方が多いと思いますが、私は磁器と陶器の両方を作っていて、磁器には「青磁」、陶器には「青瓷」を作品名に使って区別しています。好みもあると思いますが、磁器よりも温かみがあって、力強くて重厚な感じがしますし、作り方も陶器の方がはるかに難しいです。学長個性を磨くために必要なことはなんでしょうか。中島先生刺激を受ける作品と出会うことも大切です。私は、中国の博物館で青銅器に出会ったとき衝撃を受けました。その存在感に圧倒され、青銅器から発想した作品を作りました。また、仕事をするためのモチーフとして収集するようになったのが古武雄。古武雄は私たちが付けた名称ですが、江戸時代に武雄領内で焼かれた陶器のことで、ダイナミックで独創的なデザインが特徴的です。いい焼き物というのはほとんどが外に出てしまっているので、地元の人が知らない地元の素晴らしい技術がたくさんあります。そういった伝統技術を見て触れることも必要だと思います。学長平成28年は有田創業400年という節目の年で、佐賀大学と有田窯業大学校との統合は、次の1 00年にも有田が栄えるように人材・技術・文化などの基盤を強化することが目的です。この4 00年間に有田は陶芸の技術を芸術として昇華させてきたと思います。中島先生の作品がその代表ともいえますが、世界中の陶芸家を有田に呼んで、彼らに有田の4 00年の進化を見てもらいたいですね。中島先生まさにその通りです。同時に、有田を世界遺産に登録しようという話もずっと訴え続けています。有田は産業と文化の両面があって、今も生きています。歴史的に見ても、世界のブランドとしてP Rする価値が充分にあります。世界遺産に登録されれば、世界が注目して人も作家も集まります。その気になれば実現できることだと思っているので、まだまだ諦めてはいません。学長今も挑戦し続ける中島先生の姿や生き方を学生たちにも伝えたいので、芸術地域デザイン学部のみならず、全学部を対象とした特別講義をぜひお願いしたいです。最後に、佐賀大学にどんなことを期待されていますか。中島先生ぜひ、いい芸術家、アーティストを育てていただきたい。それも、佐賀のアイデンティティを持ちながら、世界に通用する作家です。伝統的な中から前衛的な作家が生まれて欲しいです。そのためには、毎日思い続けること、挑戦し続けること、自分から行動することが大切。大学も学生も、〝美のドーベルマン〟になってもらいたい。特別講義など私でお役に立てることがあれば、喜んで協力させていただきます。学長〝美のドーベルマン?とはいい言葉ですね。本日はお忙しいなか、貴重なお話しをありがとうございました。平成27年10月15日対談場所/弓野窯※本記事は、平成27年11月に佐賀大学ホームページに掲載した対談を一部抜粋したものです。全文は右記学長対談4