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芸術を通した人材の育成とは - 青磁への飽くなき挑戦 -

 
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重要無形文化財保持者の中島宏氏(左)と、宮﨑耕治学長(右)

学長:
 少子化で進学人口が減るなか、国立大学はそれぞれの個性と特色を発揮しながら、地域における存在意義を高めていかなければいけません。佐賀大学は、地域の皆さんに「あって良かった」と思われる大学として、地域のニーズに応え、地域貢献や課題解決に取り組みながら特色を強めようとしています。その一つが、国立大学では九州唯一、全国に7大学しか設置されていない「特別教科(美術・工芸)教員養成課程」です。創設されたのは昭和28年(1953年)で、これまで多くの美術教員を育成するとともに、西日本の芸術活動を支える優秀な人材を輩出してきました。佐賀県といえば、有田焼や唐津焼といった陶磁器文化が根付く土地柄でもあり、平成28年(2016年)4月には佐賀県立有田窯業大学校(有田町)を佐賀大学に統合し、芸術地域デザイン学部を新設します。歴史的に裏付けられた〝芸術〟を大学の特色として全面に打ち出していこうと、今回の対談のお相手には有田窯業大学校の特別講師でもある人間国宝の中島宏先生をお迎えしました。独創的な作品づくりで青磁を極め、唯一無二の色と造形で人々を魅了する「中島青磁」の世界について、まずはお話しを聞かせてください。

 

中島先生:
 青磁をやるきっかけになったのは、若い頃、父親に連れられて古窯を巡っていたとき、古唐津や染付にまじって青磁の陶片を見つけ、あまりにもキレイな色に感動したことです。「こういうものが作りたい」と父に相談すると「青磁は難しい。化学を知っていなければダメだ」と言われたので、とにかく徹底的に勉強しました。青磁は他の焼き物とは異質の輝きを放っていたので、どんなに難しいと言われても挑戦したかったんです。

 

学長:
 先生は文献調査だけでなく、中国の古窯を実際に訪れるなど現地調査にも積極的でいらっしゃって、その熱心な研究の積み重ねが、美しい色や独自のフォルムを生み出しているのでしょうか。

 

中島先生:
 そもそも青磁とは多様多彩で、一口に「青」といってもブルー、緑、グリーンなど幅広い。昔の人はヒビ(貫入)も一つの文様ととらえていたので、中国ではヒビにも名前が付けられるほどです。これまで、さまざまな中国の古窯に行きましたが、一番印象的だったのは昭和60年(1985年)に訪れた龍泉窯。国宝に指定されている青磁はすべて龍泉窯なのですが、日本人で現地に行った人は誰もいなかった。今は整備されていますが、浙江省の奥深い地だったため当時は十数時間かけて道なき道を行くような感じ。それでも、どんなところで、どんな窯で焼いているのかをどうしても自分の目で見たかったので、命からがら行きました。現地の人たちは、「外国人ではあなたたちが初めてだ」と歓迎してくれました。行って感じたのは、龍泉窯は青磁が生まれるべくして生まれた場所。陶土などの原料や燃料などが豊富で、なにより山の風景が有田とよく似ていたことにとても感動しました。

 

学長:
 青磁の味わいの一つが貫入と呼ばれるヒビ割れで、偶然によって生じるものですが、中島先生は自由自在に入れられる技術をお持ちだとか。

 

中島先生:
 貫入は生き物で青磁は生きています。収集する骨董品のなかには800年前に焼かれた南宋官窯の青磁もありますが、冬になるとピンピン音がして新しいヒビが今でも入ります。貫入は温度差などによって偶然に入りますが、「なぜ入るのか?」を追求していくと必然になります。窯焼きのときに雨が降っていた、どんなブレンドの土や釉を使ったのか、記憶をたどって同じ方法で再現していきます。私の作品の貫入は、すべてが計算されたもので、偶然を必然にすることが私の仕事でもあります。

 

学長:
 地方(風土)の価値が見直されている今、佐賀大学では「地域とともに未来に向かって発展しつづける大学」をキャッチコピーに掲げています。平成25年(2013年)には国立の総合大学としては初めて美術館をオープンし、地域のみなさんから愛される「みんなの美術館」になることを目指しています。また、来年度新設される「芸術地域デザイン学部」では、佐賀の風土、地域としての価値を芸術の力でデザインすることで、新たな付加価値を生み出していきたいと考えています。

 

中島先生:
 焼き物は、その土地の個性や風土色が強く出ていると思います。たとえば、ヨーロッパでは全部揃った食器が使われますが、日本は多様多彩。有田、唐津があれば、備前や信楽、場合によっては漆など、同じ食事の席でさまざまな器が使われ、上手くコーディネートして楽しみます。焼き物には、日本の歴史や文化、日本人のアイデンティティが凝縮され、焼き物のことを知れば、日本を語れるといっても過言ではありません。とくに佐賀では、400年の歴史のなかで磁器の有田と陶器の唐津が共存して生き続けてきました。普通どっちかが好きなら、どっちかは嫌いで滅びてしまいますが、共存して今に至っているのは佐賀の風土といえるでしょう。このような自然を愛してきたのが日本人の特質ではないでしょうか。

 

学長:
 中島先生の青磁に対するあくなき探究心や行動力は若い頃からだと思いますが、学生と同じような年代の頃の印象的な出来事はありますか。

 

中島先生:
 二十歳そこそこのときに、陶芸評論家の小山富士夫先生(故人)に鎌倉まで会いに行きました。青磁に関する本のほとんどに名前が載られているような先生で、約束もしていないのに自宅まで押しかけました。雪が降る日で、寒いからと入らせていただいたコタツの温もりは今も忘れられません。小山先生は「青磁ぐらい魅力的なものはない」と、青磁に挑戦する私を「勇気がある」と励ましてくださいました。飛び跳ねるくらい嬉しくて、それからは青磁に関する勉強はなんでもやりました。三十代の時に出品した伝統工芸展で初めて賞をいただくと、「九州にも青磁作家がいる」と注目されるようになりました。父の影響で青磁の陶片と出会い、若い頃に小山先生と出会えたからこそ今の私があると思っています。

 

学長:
 若い人たちの教育についてはどのようにお考えですか。

 

中島先生:
 以前は一心不乱に自分の仕事にだけ没頭していましたが、人間国宝に認定されてからは自分のことだけでなく後進の育成に尽くすことも大切な使命になっています。若い人たちと研究会を開くことも増え、どうしたらやる気を引き出せるかを考えながら指導しています。たとえば、若い人たちの作品は、いいところだけを見て褒めるようにしています。自信をつけさせて、その気にさせることが大切。私自身、おだてられてここまできましたから(笑)。もちろん、ぼろくそに言われたこともありましたが、褒めてくれた人と付き合ってきたからこそ今があります。若い才能の芽をつまないためにも、展覧会では努めて若い人を入選させるようにして、作品を世に出すようにしています。

 

学長:
 具体的には、どのようなアドバイスでやる気を起こさせているのでしょうか。

 

中島先生:
 どんなに冒険しても、失敗しても命までは取られないんだから、これと思ったことは好きなようになんでも挑戦しろと言っています。とくに佐賀の陶芸家たちには「伝統的であって、前衛的であれ」と。伝統というと古臭くて守るべきもののように聞こえるかもしれませんが、攻めることが必要。そのためには、のびやかな作品づくりができて、個性的な芸術が生まれるような環境づくりがとても大切です。

 

学長:
 個性を磨くためには、まずは自分の個性が何であるかに気付かなければなりません。中島先生は、自分だけにしかできない青磁を求め続けて、今のスタイルに行きつかれていますね。

 

中島先生:
 「人がやっていないことをやろう」という気持ちで、常に前だけを見てきました。作品の多くを売らない作家もいますが、私が手元においているのは4~5点ほど。過去の作品は感性の邪魔になるからです。「これまで作ったなかで一番いい」と思っても、3日くらいすれば飽きてしまう。もっといいのができるんじゃないかと思ってしまいます。ちなみに私の作品には同じものは一つとありません。造形も色も一つひとつ違います。同じものを作ることほど面白くないものはありません。青磁作家の場合、土を変える人はほとんどいませんが私は土も変えます。釉薬と同じで、土を変えることで、作品の表情が全く変わるからです。また、青磁といえば磁器をイメージする方が多いと思いますが、私は磁器と陶器の両方を作っていて、磁器には「青磁」、陶器には「青瓷」を作品名に使って区別しています。そもそも、陶器の青瓷は中国の官窯でのみ作られていたため、一般に出回ったのは戦後になってから。好みもあると思いますが、磁器よりも温かみがあって、力強くて重厚な感じがしますし、作り方も陶器の方がはるかに難しいです。

 

学長:
 個性を磨くために必要なことはなんでしょうか。

 

中島先生:
 刺激を受ける作品と出会うことも大切です。私は、中国の博物館で青銅器に出会ったとき衝撃を受けました。その存在感に圧倒され、青銅器から発想した作品を作りました。また、仕事をするためのモチーフとして収集するようになったのが古武雄。古武雄は私たちが付けた名称ですが、江戸時代に武雄領内で焼かれた陶器のことで、ダイナミックで独創的なデザインが特徴的です。自分だけで楽しむには申し訳ないと、一般公開して九州国立博物館で展覧会も開きました。現在もそうですが、いい焼き物というのはほとんどが外に出てしまっているので、地元の人が知らない地元の素晴らしい技術がたくさんあります。そういった伝統技術を見て触れることも必要だと思います。

 

学長:
 平成28年(2016年)は有田創業400年という節目の年で、佐賀大学と有田窯業大学校との統合は、次の100年にも有田が栄えるように人材・技術・文化などの基盤を強化することが目的です。400年という歴史の始まりは、中国や朝鮮といった大陸からの技術導入ですが、この400年間に有田は陶芸の技術を芸術として昇華させてきたと思います。中島先生の作品がその代表ともいえますが、世界中の陶芸家を有田に呼んで、彼らに有田の400年の進化を見てもらいたいですね。

 

中島先生:
 まさにその通りです。私も4~5年前から、盛んにそのことを言っています。同時に、有田を世界遺産に登録しようという話もずっと訴え続けています。有田は産業と文化の両面があって、今も生きています。歴史的に見ても、世界のブランドとしてPRする価値が充分にあります。世界遺産に登録されれば、世界が注目して人も作家も集まります。その気になれば実現できることだと思っているので、まだまだ諦めてはいません。

 

学長:
 今も挑戦し続ける中島先生の姿や生き方を学生たちにも伝えたいので、芸術地域デザイン学部のみならず、全学部を対象とした特別講義をぜひお願いしたいです。最後に、佐賀大学にどんなことを期待されていますか。

 

中島先生:
 ぜひ、いい芸術家、アーティストを育てていただきたい。それも、佐賀のアイデンティティを持ちながら、世界に通用する作家です。伝統的な中から前衛的な作家が生まれて欲しいです。そのためには、毎日思い続けること、挑戦し続けること、自分から行動することが大切。大学も学生も、〝美のドーベルマン〟になってもらいたい。特別講義など私でお役に立てることがあれば、喜んで協力させていただきます。

 

学長:
 〝美のドーベルマン〟とはいい言葉ですね。本日はお忙しいなか、貴重なお話しをありがとうございました。

 
 

2015年10月15日 対談場所:弓野窯  
 
 
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