ストレスに対抗するための遺伝子が昆虫の寿命を縮めることを発見しました

 


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ストレスに対抗するための遺伝子が昆虫の寿命を縮める
~ストレスに応答する昆虫サイトカインの受容体を同定~

 

ポイント

 ・環境ストレスに応答する昆虫サイトカイン*1の受容体をショウジョウバエで同定することに成功。

 ・この受容体を抑制したハエは,低温や感染等のストレスにより顕著なダメージを被ることを証明。

 ・ストレスへの対抗が寿命に影響を与えることを示し,寿命延長への基礎的知見を提供。

 

概要

 北海道大学低温科学研究所の落合正則准教授と佐賀大学農学部の早川洋一教授らの共同研究グループは,環境ストレスに応答

する昆虫サイトカインの受容体の同定にはじめて成功しました。サイトカインは様々な細胞間相互作用を橋渡しするタンパク質

性因子で, 外部からの影響に対して体内の環境を一定に保とうとする「恒常性」 の維持に重要な役割を担っています。 昆虫の

発育阻害ペプチド (Growth-blocking peptide,  GBP )は多機能性のサイトカインで, 外部の環境から受ける様々なストレスに

応答し,免疫や代謝などをコントロールしています。

 本研究では,これまで特定されていなかったGBP受容体をキイロショウジョウバエにおいて同定し,その性質を明らかにしま

した。また,この受容体が環境ストレス応答において重要な役割を果たしているだけでなく,生体の寿命にも影響していること

がわかりました。本研究は,健康長寿に対する一つの提案として基礎的な研究知見を提供するものです。

 なお,本研究は文部科学大臣に認定された共同利用・共同研究拠点である低温科学研究所の共同研究制度により,北海道大学

との共同研究を中心に,米国国立衛生研究所(NIH)の研究グループと協力して実施しました。

 本研究成果は,米国東部時間2017年12月11日(月)の週公開のPNAS誌(米国科学アカデミー紀要)に掲載される予定です。

 

 

 

【背景】

 全ての生物は多様なストレスに曝(さら)されながら生命活動を営んでいます。そうした様々な内因性・外因性ストレスへの

対応に不可欠な情報伝達因子の一つが,サイトカインというタンパク質性の生体成分です。サイトカインは,対応する「受容体」

と結びつくことで生体内の多様な調節機能の引き金となり,生体の恒常性の維持に貢献しています。

 例えば哺乳類の代表的なサイトカインとしてはインターロイキンやインターフェロンが挙げられますが,昆虫でも少数ながら

サイトカインが同定されています。その中でも発育阻害ペプチド(Growth-blocking peptide,  GBP)は昆虫特有のサイトカイン

として,今回の研究メンバーの一人である佐賀大学の早川教授らによって1990年に発見されました。しかし,対応する受容

体であるGBP受容体については不明なままでした。

 

【研究手法】

 GBPのシグナル伝達に関するこれまでの研究を基に,キイロショウジョウバエの遺伝子情報をストックしているdsRNAライブ

ラリーを用いてGBP受容体遺伝子のスクリーニング(選定)を行いました。

 その結果,候補遺伝子の中からMthl10という膜タンパク質を作るための遺伝子を選び出し,その発現を抑制した形質転換バエ

を作成しました。 

 形質転換バエにストレスを与え,その応答の挙動について解析しました。また,GBP遺伝子を過剰に発現させた形質転換バエ

も用いて,GBP/Mthl10シグナル経路と寿命の関係について調べました。

 

【研究成果】

 キイロショウジョウバエにおいて,GBPの細胞間情報伝達に不可欠なGBP受容体遺伝子Mthl10を同定し,その遺伝子産物

Mthl10とGBPが結合することを示しました。

 また,GBP受容体遺伝子の発現を人為的に抑制すると,ショウジョウバエは低温や感染といったストレスによって顕著なダメ

ージを被ることを証明しました。これは,ストレスに対応するときに働くGBP受容体遺伝子が減ったことで,ストレスへの抵抗

力が下がったことを意味します。

 一方,GBP受容体遺伝子の発現を抑制した形質転換バエは寿命が延び,対照的に,GBP遺伝子を過剰に発現させたハエは寿命

が短くなることが明らかになりました。

 

【今後への期待】

 本研究の実験結果は,動物が抱える宿命的ジレンマを浮き彫りにしています。すなわち,動物はサイトカインによって様々な

環境ストレスに抗して生命を維持しているものの,サイトカインを分泌して盛んにストレス応答機能を発揮すると自らの寿命が

縮んでしまうということになります。

 一方で,今回の研究は,健康長寿を志向する予防医学に一つの基礎的な研究知見を提供したことにもなります。サイトカイン

を必要以上に分泌しない,即ち,ストレスを感知するハードル(閾値)を適度に上げる技術が確立されれば長寿に結びつく可能

性を強く示唆しているからです。

 

 

 

 

論文情報

論文名 Cytokine signaling through Drosophila Mthl10 ties lifespan to environmental stress

    (ショウジョウバエMthl10受容体が介するサイトカインシグナル伝達は寿命と環境ストレスを結びつけている)

著者名 Eui Jae Sung1, 龍田勝輔2, 松本 均2, 瓜生央大2, 落合正則3, Molly Cook1, Na Young Yi4, Huanchen Wang1,

    James Putney Jr1, Gary Bird1, Stephen B Shears1, 早川洋一21米国国立衛生研究所(NIH), 2佐賀大学,

    3北海道大学, 4米国ノースカロライナセントラル大学)

雑誌名 PNAS(米国科学アカデミー紀要)

公表日 日本時間2017年12月12日(火)の週(米国東部時間2017年12月11日(月)の週)(オンライン公開)

 

 

【参考図】

 

図1. 環境ストレス感知におけるGBP/Mthl10系の役割を示す概略図

 

 サイトカインGBPは主に脂肪体という組織で合成され,体が環境からのストレスや体液(血液)中のタンパク質濃度上昇を感知

すると体液へ放出される。GBP受容体Mthl10は体内の様々な組織の細胞表面に存在し,体液中のGBPが結合するとそのシグナル

を細胞内へ伝える。シグナルを受け取った組織は,そのストレスを緩和する方向に向かうような応答を行う。

 

 

 

 

 

図2. GBP遺伝子を過剰に、あるいはMthl10遺伝子を抑制して発現させたハエの寿命

 

 受容体Mthl10遺伝子の発現を抑制した形質転換バエ(赤線)は無処理のハエ(黒点線)に比べて寿命が長く,GBP遺伝子を過剰に

発現させたハエ(青線)では寿命が短いことが読み取れる。横軸は生存日数,縦軸は生存率,緑線は,Mthl10遺伝子の発現抑制・

GBP遺伝子の過剰発現を同時に行ったハエ。

 

 

【用語解説】

*1 サイトカイン…細胞から分泌されるタンパク質の一種であり,標的細胞にシグナルを伝達することによって細胞間相互

          に関与し,生体内の多様な調節機能の引き金となる物質の総称。哺乳類では多くの種類が発見され

          ている。免疫や炎症に関係したものが多いが,細胞の増殖,分化,細胞死などに関係するものもある。

          サイトカインは細胞表面にある受容体に結合することで初めて作用し,それぞれに特有の細胞内シグナ

          ル伝達経路を活性化することで,細胞に機能的・形態的な変化をもたらす。

 

 

 

 

【本件に関するお問い合わせ先】

 

北海道大学低温科学研究所 准教授 落合 正則 (おちあい まさのり)

TEL 011-706-7476,FAX 011-706-7142

URL http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/insbio/index.html

 

佐賀大学農学部 教授 早川 洋一 (はやかわ よういち)

TEL 0952-28-8747

URL http://www.ag.saga-u.ac.jp/japanese/konchu/konchu.html

 

 

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