電子線描画技術でT型サブミクロンのゲート構造のダイヤモンド半導体を 作製し、世界最高レベルのマイクロ波・ミリ波帯の増幅を達成

【研究者】
嘉数 誠(佐賀大学、ダイヤモンドセミコンダクター)、
サハ ニロイ、江口正徳(佐賀大学)、冨木淳史(JAXA宇宙科学研究所)
【研究成果の概要】
国立大学法人佐賀大学(本部:佐賀市本庄町、学長:野出孝一、以下「佐賀大学」、)と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(本社:東京都調布市、理事長:山川 宏、以下「JAXA」)と株式会社ダイヤモンドセミコンダクター(本社:佐賀市本庄町、代表取締役:嘉数司津子、以下、「ダイヤモンドセミコン」)は、文部科学省「内閣府宇宙開発利用加速化戦略プログラム」(スターダストプログラム)」の委託事業およびNICT「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業の要素技術・シーズ創出型プログラム」により、次世代の究極のパワー半導体材料といわれるダイヤモンドを用い、電子線描画技術によるT型形状の微細ゲート構造を持った高周波半導体デバイスを作製し、世界最高レベルの120 GHz(Gは10の9乗)のマイクロ波帯(3~30GHz)・ミリ波帯(30~300GHz)の増幅を達成しました。
スターダストプログラムでは、2023年度より5カ年で、宇宙向けの人工衛星搭載の送信用マイクロ波電力増幅デバイスの実用化を目指しており、開発中のダイヤモンド半導体技術は、地上において通信量の膨大化により開発が急がれるBeyond 5G・6G基地局からの送信出力を飛躍的に向上させるためのブロードバンド化に向けたデュアルユース技術としても期待されています。
ダイヤモンド半導体は、従来のシリコン、シリコンカーバイド、窒化ガリウムと比べ、放熱性、耐電圧性、放射線耐性に優れており、地上だけでなく宇宙空間でも安定に動作させることができます。
佐賀大学は、ダイヤモンド基板結晶ウェハの大口径化と半導体デバイス(素子)の独自の基盤技術を開発し、それを元にした次世代のパワー半導体のダイヤモンド半導体デバイスを作製し、世界最高の出力電力、出力電圧を示し、さらにパワー半導体回路を作製し、高速スイッチング動作、約半年の連続安定動作を実証してまいりました。
今回の成果は、ダイヤモンド半導体が、マイクロ波帯・ミリ波帯の高周波数においても、世界最高レベルの増幅動作が行えることを実証したものです。
今後、ダイヤモンド半導体デバイス製造の後工程の技術開発を進め、世界初となるダイヤモンド半導体デバイスのサンプル製造・販売をダイヤモンドセミコンダクターより2026年1月から順次開始し、宇宙環境、地上でのマイクロ波帯・ミリ波帯無線機器に向けた開発を加速させてまいります。
なお、本成果は、応用物理学会論文誌Japanese Journal of Applied Physicsの論文として掲載されます。
■新ダイヤモンド半導体デバイスの特徴
・究極のパワー半導体物性をもつダイヤモンド半導体
・高純度原料を用いたダイヤモンドデバイスを作製し、オフ耐圧4266Vを達成
・電子線描画で157ナノメートルのT型ゲート電極のダイヤモンドデバイスを作製
・世界最高レベルの120GHzのマイクロ波帯・ミリ波帯での増幅を確認
・Beyond5G・6G携帯基地局および衛星用送信デバイスに最適
■開発の背景
放送用送信機、各種レーダー送信機、衛星通信用送信機は、電力増幅素子に長らくクライストロンやTWT(進行波管)といった真空管が利用されてきましたが、近年、信頼性向上を目的とする、窒化ガリウム(GaN)素子を用いた増幅器の固体化が盛んに進められています。宇宙通信用の地上局送信機や衛星搭載中継器では、さらなる小型高効率化実現のために、マイクロ波帯での固体増幅素子の高出力化が強く望まれており、高い宇宙放射線耐性持つ半導体材料が必要とされています。
また地上のワイヤレス通信では大容量化に伴い、半導体デバイスの高周波数化と高出力化と高効率化が求められています。携帯端末用途であれば周波数・出力は1.5GHz・1W程度で済みますが、Beyond5G・6Gインフラ向け用途では100GHz・100Wレベル以上の高周波・高出力化が必要になっています。しかし、これらの周波数帯域では、半導体デバイスがまだ数少なく、一部では未だに真空管が用いられているのが現状です。いうまでもなく真空管は寿命が短く信頼性の観点からも半導体化が課題です(図1)。

図1 宇宙やBeyond5Gに向けた半導体の高周波化・高出力化の必要性
半導体の材料に関しては、シリコン、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)などが実用化段階に入っていますが、理想的なダイヤモンドができた場合は、その物理性質上から、SiCやGaNを超える周波数、出力が得られることが理論上わかっています。理想的なダイヤモンドは、シリコンに比べて、約5万倍の大電力・高効率化、約1200倍の高周波の出力電力が期待されます(図2)。これは、ダイヤモンドが半導体の中でも最大の熱伝導率があり放熱性が良く、絶縁破壊電界強度が高いため長寿命であるばかりでなく、キャリア移動度(*2)も非常に高いからです。そのためダイヤモンドは、電力制御用だけでなく、高周波数帯で動作するパワーデバイスとしても最も適した究極の半導体と見られていました。
佐賀大学は、ダイヤモンド半導体デバイスで世界最高の出力電力(875MW/cm2)や出力電圧(3659V)を報告しました。これらは電気自動車や発電や送電用のパワー半導体としての特性であり、Beyond5Gや衛星通信で使われるマイクロ波帯・ミリ波帯といった高周波数でのパワー半導体の特性はまだ示されていませんでした。

図2 ダイヤモンドの優れた物性から期待されるデバイス性能
■技術のポイント
1)高純度原料を用いダイヤモンド半導体デバイスのオフ耐圧は4266Vに向上(図3)
ダイヤモンド半導体デバイスのゲート絶縁膜の原料であるトリメチルアルミニウムを高純度化しました。これによりゲート絶縁膜の耐電圧は向上し、パワー半導体のオフ時の耐電圧は4266Vに向上しました。この値は世界最高です。

図3 高純度原料を用いダイヤモンド半導体デバイスのオフ耐圧は4266Vに向上
2)電子線描画技術(*3)で157ナノメートルのT型サブミクロンゲート電極(*4)をもつダイヤモンド半導体デバイスを開発(図4)
これまでダイヤモンド半導体デバイスは、光線を用いたフォトリソグラフィー技術で作製していました。今回は、電子ビームを用いる電子線描画技術で157ナノメートルの微細なゲート電極を作製することに成功。これにより、マイクロ波帯・ミリ波帯で増幅するダイヤモンド半導体の作製が可能になりました。

図4 電子線描画技術で157ナノメートルのT型ゲート電極をもつダイヤモンド半導体デバイスを開発
3)ダイヤモンド半導体で120GHzの電力増幅利得の遮断周波数(*5)で動作(図5)
開発したダイヤモンド半導体の電力利得(U)を測定したところ、遮断周波数が120GHzとなりました。これはマイクロ波帯(3~30GHz)・ミリ波帯(30~300GHz)域でダイヤモンド半導体が増幅動作可能であることを示しています。

図5 ダイヤモンド半導体で120GHzの電力増幅利得の遮断周波数で動作
4)ワイヤーボンディング、パッケージングなどダイヤモンド半導体後工程技術を開発(図6)
ダイヤモンドは非常に堅牢な材料のため、シリコンのような従来の半導体と異なり、加工が極めて困難です。我々は、ダイヤモンド半導体の独自のワイヤーボンディングやパッケージングなどの後工程技術を開発しました。これにより、一気に社会実装化が近づきました。

図6 ワイヤーボンディング、パッケージングなどダイヤモンド半導体後工程技術を開発
■今後の展開
今後は、ダイヤモンド半導体デバイスのボンディング、パッケージングなどの後工程技術の開発を進め、宇宙環境、地上でのマイクロ波帯・ミリ波帯無線機器での動作実証に向けた研究開発を行い、ダイヤモンド半導体のBeyond5G・6G、衛星通信の応用に向けた社会実装化を進めてまいります。2026年1月より、世界初となるダイヤモンド半導体デバイスのサンプル製造・販売をダイヤモンドセミコンダクターより開始いたします。
<用語解説>
*1 ダイヤモンド半導体
ダイヤモンド半導体は、現在幅広く使われているシリコン半導体より、約5倍のバンドギャップエネルギーをもつため、ダイヤモンド半導体が実用化できれば、約50,000倍の高出力電力・高効率のパワー半導体にすることができます。ダイヤモンド半導体は、宇宙通信用の半導体、量子コンピュータの記憶素子の応用も検討されています。佐賀大学は、ダイヤモンド半導体の独自のドーピング技術やゲート絶縁膜堆積技術を保有していることから、世界の先端を行く、875MW/cm2の出力電力などの成果を継続的に発表しています。
*2 キャリア移動度
半導体デバイスは、キャリアの走行を制御することで機能します。キャリアは半導体素子の機能をつかさどる担体(電子、ホール)のことです。ダイヤモンドは、本来のキャリア移動度が高いという特徴があります。キャリア移動度が高いほど高周波で動作させる半導体デバイスとして有利です。開発中の半導体デバイスは、この優れたダイヤモンド半導体の物性を利用しています。
*3 電子線描画技術
衛星通信や衛星搭載合成開口レーダー、Beyond5G・6G向けアプリケーションでは、マイクロ波帯やミリ波帯の高い周波数で半導体デバイスを動作させる必要があります。半導体デバイスのゲート電極を微細化するほど、動作周波数は上がりますが、サブミクロン(1ミクロンメートル未満)にするためには、一般の光線を用いるフォトリソグラフィーでは、光線の波長より微細なパターンニングが原理的に不可能なため、電子線を用いる電子線描画技術が必要です。
佐賀大学では、電子線描画装置を導入し、ダイヤモンド半導体用の独自技術を開発しました。導入した電子線描画装置は、半導体微細加工の限界に迫る8ナノメートル未満の描画が可能です。
*4 T型サブミクロンゲート電極
半導体デバイスのゲート電極の寸法は微細化するほど、動作周波数は上がりますが、微細化するほどゲート電極の抵抗が増加する問題があります。そのため、ゲート電極の下部の寸法は微細で、上部の寸法は大きめにするのが理想的で、そのため、断面から見てT型形状の電極にする必要があり、一気に微細加工技術の難度が上昇します。
佐賀大学の電子線描画技術は、この157ナノメートルのT型ゲート電極を再現性良く作製することができます。
*5 電力利得の遮断周波数
半導体デバイスは、動作周波数が高くするほど、原理的に利得(増幅度)が減少します。電流の利得(|h21|2)と電力の利得(U)がありますが、利得が0dB(デシベル、つまり増幅度が1)になる周波数は、増幅動作の上限の周波数です。電力の利得(U)の遮断周波数は最大発振周波数(fMAX)と呼ばれ、電力増幅の上限の周波数を意味します。
今回、作製したダイヤモンド半導体はfMAXが120GHzを示しました。これは作製したダイヤモンド半導体の電力増幅が120GHzまで可能であることを意味します。
【研究成果の公表媒体(論文や学会など)】
Niloy Chandra Saha, Masanori Eguchi, Toshiyuki Oishi, and Makoto Kasu, “High off-state voltage (4266 V) diamond metal oxide semiconductor field effect transistors”, Journal of Vacuum Science and Technology, B 43, 042201 (2025); DOI: 10.1116/6.0004552
Niloy Chandra Saha , Masanori Eguchi, Yoshiki Muta, Toshiyuki Oishi, Atsushi Tomiki, and Makoto Kasu, “High power gain cut-off frequency (fMAX) > 120GHz of a 157 nm T-shaped gated diamond MOSFET with NO2 p-type doping”, Japanese Journal of Applied Physics 64, 120901 (2025); DOI: 10.35848/1347-4065/ae2172
【研究責任者】
佐賀大学 理工学部 ダイヤモンド半導体研究センター 教授 嘉数 誠
【researchmapのリンク先】
嘉数 誠
https://researchmap.jp/makotokasu/
※会見発表資料はこちらからご確認ください。
【本件に関するお問い合わせ】
(研究)佐賀大学 理工学部 ダイヤモンド半導体研究センター センター長・教授 嘉数 誠
E-mail kasu@cc.saga-u.ac.jp
TEL 0952(28)8648
(報道)佐賀大学 広報室
E-mail sagakoho@mail.admin.saga-u.ac.jp
TEL 0952(28)8153


