鹿児島大学大学院連合農学研究科(佐賀大学所属)の学生が極限環境生物学会2023年度(第24回)年会においてポスター賞を受賞

【受賞者】
 鹿児島大学大学院連合農学研究科(佐賀大学所属)
 博士課程2年 矢垰 紅音(やとう あかね)

【受賞した賞の名称】
 ポスター賞

【受賞先】
 極限環境生物学会2023年度(第24回)年会

【受賞した日】
 2023年8月28日

【受賞した研究の題目】
 南極産好冷細菌由来グルコキナーゼの低温適応・高熱安定性機構の解明

 著者:矢垰 紅音1、浅香 里緒2、渡邉 啓一2、堀谷 正樹1,2
 1鹿児島大学院連合農、2佐賀大学農

【受賞につながった研究内容】
 これまで好熱菌由来耐熱性酵素は産業用などとして注目を浴び、基礎研究から応用研究が盛んになされています。しかし、低温適応酵素も幅広い分野での産業利用の可能性が期待されているにもかかわらず、低温菌や低温適応酵素の研究はあまり進んでいません。低温適応酵素は構造に高い柔軟性を有し、そのため低温でも酵素活性が維持され、相同的な中温酵素と比較すると高活性ですが、一方でこの高い柔軟性が低温適応酵素の熱安定性を下げ、すぐに失活してしまうと考えられています。この低い安定性が低温適応酵素の産業利用があまり進んでいない主要因です。ところが、近年になりいくつかの安定性の高い低温適応酵素が報告されつつあります。しかし残念ながら現在の科学ではこの要因を解き明かすことは出来ていません。

 グルコキナーゼ(GK)はヘキソキナーゼのアイソザイムであり、祖先分子です。GKはATPとグルコースを用いてATPからの脱リン酸化とグルコースのリン酸化をし、グルコース6-リン酸とADPを産出する反応を触媒する酵素です。これまで我々は南極より採取された好冷細菌Pseudoalteromonas sp. AS-131由来GK(PsGK)、また比較対象として、中温菌E. coli由来GK(EcGK)の遺伝子組換え体の高発現系・精製系を確立してきました。PsGKについて酵素活性の温度依存性、熱安定性を測定したところ、EcGKより高熱安定性を示し、一般論を覆す熱安定性の高い低温適応酵素であることが明らかになっています。つまり、低温適応と高熱安定の両機能を持つPsGKの分子メカニズムを解明できれば、低温適応機構の解明だけでなく酵素の産業利用への懸念事項であった低熱安定性の解決にもつながるのではないかと考え、本研究では、構造ゆらぎと活性・熱安定性相関を調べるために、部位特異的スピンラベル電子スピン共鳴法(SDSL-ESR)を利用して、構造ゆらぎの精密な温度依存性を実測しました。

 液体窒素や圧縮空気とヒーターを併用した温度コントロールにより、5〜50℃におけるPsGKおよびEcGKの様々な部位の構造柔軟性の温度変化がSDSL-ESR法により実測できることを初めて証明しました。その結果、PsGKは非常に硬いラージドメインを持っており、これが高熱安定性に寄与していることが明らかになりました。一方で、PsGKのラージドメインと触媒ドメインを繋ぎ止めるヒンジ領域は低温でも柔軟性を失わない性質を持ち、この性質によって低温でも触媒反応に必要な構造変化が可能になっていることも明らかになりました。さらに触媒ドメインも柔軟な構造を持つことが分かりました。また、結晶構造と分光学的解析、変異体解析からPsGKの触媒ドメインにはN-末端、C-末端間(酵素の両端間)を結び留めるジスルフィド結合(システイン-システイン結合)が存在しており、これがPsGKの柔軟な構造を持った触媒ドメインを壊れにくくする、つまり高熱安定化に寄与していることが明らかになりました。

 したがって、PsGKは構造変化や触媒活性に必要な部位の柔軟性を高め、酵素の土台となるラージドメインを硬くすることと酵素の両末端を繋ぎ止めることで、低温適応と高熱安定性の一見相反する機構を獲得していると結論づけられました。

【その他PRしたい特記事項】
 酵素はアミノ酸から構成される生体高分子で様々な化学反応を驚くほど高効率で触媒します。そのため酵素はタンパク質工学的な産業利用による広範な分野への貢献の潜在性が高く、環境負荷の無い天然化学資源です。今回、私たちが発見した新しい酵素の構造-活性-安定性相関に関する知見は、酵素の性質そのものを改変するために必須な知見であることから、今後の応用研究への発展も期待されています。
 本研究はJSPS科研費18H02412、21K18937、22H04816、23H02143の助成を受けたものです。また本研究の一部は文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号JPMXP1223MS1004)の支援を受け自然科学研究機構、分子科学研究所で実施されました。

【教員活動DBのリンク先】
https://research.dl.saga-u.ac.jp/profile/ja.18d258ee2e9779cc59c123490551be02.html

 


受賞した矢垰紅音さんと堀谷正樹准教授

 

【本件に関する問い合わせ先】
 佐賀大学農学部生命機能科学コース
 准教授 堀谷 正樹
 E-Mail:horitani@cc.saga-u.ac.jp

戻る

TOP