大規模多施設データ解析から見えた日本における炎症性腸疾患患者の腸管外悪性腫瘍のリスク ~白血病・胆道がんのリスクが上昇する一方、免疫抑制療法によるリスク上昇は確認されず~

ポイント
① 日本の炎症性腸疾患(IBD, ※1)患者における腸管外悪性腫瘍(EIC)(※2)の発生傾向や、治療薬ががんリスクに与える影響
が不明であり、長期的な安全性の解明が求められていました。
② 4,604名の大規模データ解析により、日本におけるIBD患者に特有のEICの発生パターンを初めて明らかにし、チオプリン製剤や
抗TNFα抗体などの免疫抑制療法(※3)がEICリスクを増やさないことを示しました。
③ 本成果は、IBD患者のがん検診や治療選択の精度向上に貢献し、より安全で個別化された医療につながることが期待されます。
概要
炎症性腸疾患(IBD)は若年から発症し、生涯にわたる治療を要する慢性疾患で、腸管の炎症のみならず長期的な健康リスクが問題となっています。これまで、IBD患者における腸管外悪性腫瘍(EIC)の発生がどのように増減するのか、また治療に用いられる免疫抑制療法がどのようにがんリスクに影響するのかが十分に解明されておらず、日本におけるIBD患者に特有のリスクを明らかにする研究が望まれていました。
九州大学病院の藤岡審助教(研究当時、現:千早病院 消化管・肝胆膵センター長)、梅野淳嗣講師、吾郷哲朗教授および佐賀大学医学部内科学講座消化器内科の江﨑幹宏教授らの研究チームは、九州地区11施設で診療を受けた4,604名のIBD患者のデータ解析を行い、クローン病(※4)では白血病の発生率が一般人口と比較して高まる一方、潰瘍性大腸炎(※5)では胆嚢・胆管がんの増加と胃がんの減少という独自の発生パターンが存在することを明らかにしました。また、チオプリン製剤や抗TNFα抗体の使用歴はEICの増加と関連せず、むしろ適切な治療により炎症が制御されることで、長期的なEIC発症リスクが抑制される可能性が示されました。
今回の発見は、IBD患者に対するがんサーベイランス戦略の改善や、個々の患者に合わせたリスク層別化の確立に役立つことが期待されます。特に、疾病特性に応じた検診体制の最適化や、ステロイド依存を避ける治療設計など、臨床現場での具体的な安全性向上につながる可能性があります。今後は、さらに長期の追跡研究やゲノム解析との統合により、IBD患者のがんリスクをより正確に評価できる仕組みの確立が期待されます。
本研究成果は国際学術雑誌「Journal of Gastroenterology」に2026年1月16日(金)午前12時(日本時間)に掲載されました。
本研究グループからひとこと:
本研究により日本における炎症性腸疾患患者が特に注意すべき腸管外悪性腫瘍が明らかになり、長期的な健康管理に役立つ知見が得られました。また、免疫抑制療法による悪性腫瘍発症のリスクに不安を感じている患者に対しても、過度に心配することなく、適切な治療を安全に受けられることが示されました。
【研究の背景と経緯】
炎症性腸疾患(IBD)は、若年で発症し生涯にわたり治療が必要となる慢性疾患で、クローン病と潰瘍性大腸炎に大別されます。IBD患者では大腸がんなどの腸管関連がんのリスクが高まることがよく知られています。しかし一方で、腸管以外に発生する悪性腫瘍(腸管外悪性腫瘍:EIC)については、特にアジア人を対象とした研究が極めて少なく、その実態は十分に解明されていませんでした。近年、治療の進歩により患者の長期予後が改善する一方、チオプリン製剤や抗TNFα抗体といった免疫抑制療法が、腫瘍免疫を抑制することで発がんリスクを高める可能性が懸念されてきました。しかし、日本のIBD患者において、これらの薬剤とEIC発症との関連性を包括的に検討した大規模研究は存在しませんでした。
こうした背景のもと、日本のIBD患者におけるEIC発生リスクを明らかにし、さらにEIC発症に関わる臨床因子や免疫抑制療法の影響を検討することを目的として、IBD専門施設で構成される多施設研究グループ(IBD-Qualityチーム)が本研究を実施しました。
【研究の内容と成果】
本研究では、2008年から2020年までに九州地域の11施設で診療を受けた4,604名のIBD患者のデータを解析し、EICの発生頻度を日本の一般人口と比較しました。その結果、クローン病患者では白血病の発生率が一般人口と比べて有意に高く、標準化発生比(※6)は5.21と約5倍に達することが明らかとなりました(図上、赤で示した部分)。一方、西洋の報告で見られる悪性リンパ腫の増加は認められず、日本におけるIBD患者の特異的な腫瘍発生パターンが示唆されました。さらに潰瘍性大腸炎患者では、胆嚢・胆管がんの発生率が一般人口より高く、原発性硬化性胆管炎(PSC)(※7)の合併が強い関連を持つことも確認されました(図下、赤で示した部分)。対照的に、潰瘍性大腸炎では胃がんの発生が一般人口より少なく(図下、青で示した部分)、その背景としてヘリコバクター・ピロリ感染率の低さが影響している可能性が推察されます。
加えて、EIC発症のリスク因子を検討したところ、クローン病では女性、高齢での診断、長い病悩期間、また狭窄や穿通を伴う複雑病型が独立した危険因子であることが示されました。潰瘍性大腸炎では、高齢での診断に加え、PSCの合併やステロイドの継続使用がEIC発症のリスク増加と関連していました。
興味深いことに、従来懸念されてきたチオプリン製剤や抗TNFα抗体の使用歴とEIC発症との間には有意な関連は認められませんでした。むしろ、チオプリン製剤の使用歴があるクローン病患者と抗TNFα抗体の使用歴がある潰瘍性大腸炎患者ではEICが少ない傾向を示しました。薬剤曝露群と非曝露群の経過を追跡した解析でもEIC発症率に差はなく、これらの薬剤がEICのリスクを高めるという証拠は得られませんでした。

*国立がん研究センター提供の年齢階級別罹患数(2014年)を元に算出
【今後の展開】
本研究により、日本におけるIBD患者に特徴的なEICの発生傾向が明らかになり、IBD診療におけるリスク評価の重要性が一層浮き彫りとなりました。今後は、クローン病における白血病や潰瘍性大腸炎における胆道がんといった腫瘍リスクに応じた、より個別化されたサーベイランス体制の確立が求められます。また、潰瘍性大腸炎でステロイド継続使用がEIC発症と関連したことから、ステロイド依存を回避する治療戦略や、免疫抑制療法を含む治療最適化が発がん予防の観点からも重要となることが示唆されます。
さらに、クローン病患者で観察された白血病リスクの上昇については、モザイク染色体異常などのゲノム異常との関連が既に明らかになっており、臨床データと遺伝学的情報を統合したリスク評価モデルの構築が期待されます。また、今後普及が進む新規生物学的製剤(※8)やJAK阻害薬などの分子標的薬については、十分な長期データが得られておらず、発がんリスクを含む長期的安全性の検証が引き続き必要です。
本研究は、日本のIBD診療において、EICを含む包括的な長期予後管理の重要性を示す貴重な知見を提供するものであり、今後の診療指針や治療選択に大きな示唆を与えるものです。
【用語解説】
(※1) 炎症性腸疾患(IBD)
腸に慢性的な炎症が起こる原因不明の病気の総称で、主にクローン病と潰瘍性大腸炎が含まれます。
(※2) 腸管外悪性腫瘍(Extraintestinal cancer:EIC)
小腸、大腸などの腸に発生するがんを除く、血液・肝胆道系・皮膚など腸管外の臓器に生じる悪性腫瘍を指します。
(※3) 免疫抑制療法
体の過剰な免疫反応を抑える薬剤を用いた治療で、IBDの炎症を抑えるために使用されます。
(※4) クローン病(Crohn’s disease)
口から肛門までの消化管全体に炎症が生じることがある疾患で、狭窄(きょうさく:消化管が異常に狭くなること)や穿通(せんつう:消化管に穴があくこと)、瘻孔(ろうこう:本来つながっていない臓器間にできる穴のこと)などの合併症を伴うことがあります。
(※5) 潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis)
大腸の粘膜に炎症や潰瘍が生じる慢性疾患で、腹痛・下痢・血便などを繰り返すことが特徴です。
(※6) 標準化発生比(Standardized Incidence Ratio:SIR)
対象集団で実際に起きたがんの数を、一般人口で予測される発生数と比較した指標で、1より大きいと発生率が高いことを示します。
(※7) 原発性硬化性胆管炎(Primary sclerosing cholangitis:PSC)
胆汁の通り道である胆管が慢性的に炎症・硬化する疾患で、潰瘍性大腸炎を合併することが多く、胆道がんのリスクが高まります。
(※8) 生物学的製剤
炎症に関わる特定の物質(サイトカインなど)を標的として作用する新しいタイプの治療薬で、IBD治療の選択肢として広く用いられています。
【謝辞】
本研究の遂行にあたり、ご協力いただいた九州地域の参加施設の医療スタッフの皆様に深く感謝申し上げます。また、データ提供にご協力くださったすべての炎症性腸疾患患者の皆様に心より御礼申し上げます。本研究は、IBD-Quality Team に所属する研究者・医療従事者の多大なる尽力により実現したものであり、ここに厚く感謝の意を表します。
【論文情報】
掲載誌:Journal of Gastroenterology
タイトル:Risk of Extraintestinal Cancer in Patients with Inflammatory Bowel Disease: A Multicenter Retrospective Cohort Study in Japan
著者名:(日本語)藤岡審、梅野淳嗣、武田輝之、金城健、田中貴英、西俣伸亮、吉岡慎一郎、伊良波淳、酒見亮介、古田陽輝、鶴岡ななえ、上村修司、水上一弘、佛坂正幸、古田芳彦、平井郁仁、吾郷哲朗、江﨑幹宏
DOI: 10.1007/s00535-025-02333-w
【お問合せ先】
<研究に関すること>
九州大学病院 消化管内科 講師 梅野 淳嗣(ウメノ ジュンジ)
TEL:092-642-5261 FAX:092-642-5273
Mail:umeno.junji.199@m.kyushu-u.ac.jp
<報道に関すること>
九州大学 広報課
TEL:092-802-2130 FAX:092-802-2139
Mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
佐賀大学 メディカル広報室
TEL:0952-34-3435・3436
Mail:hpkoho@mail.admin.saga-u.ac.jp


