アトピー性皮膚炎の新たな動物モデルを開発 -顔面皮膚線維芽細胞のIkk2欠損が引き起こす皮膚の炎症とかゆみ-

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  • 研究概要:

     佐賀大学医学部 分子生命科学講座 分子医化学分野の布村聡准教授,富山大学大学院医学薬学研究部の北島勲教授らの研究グループは,NF-κBシグナル関連分子であるIkk2を顔面皮膚線維芽細胞選択的に欠失させて新たなアトピー性皮膚炎マウスを作り出しました。本マウスは,アトピー性皮膚炎患者に類似した顔面の皮膚炎とひっかき行動を自然発症することから,Facial Atopic Dermatitis with Scratching (FADS)マウスと名付けられ,アトピー性皮膚炎とかゆみに対する新規治療薬の開発に役立つことが期待されます。

     つきましては,取材・報道方よろしくお願いいたします。

  • 成果のポイント:

顔面の皮膚炎病態は,アトピー性皮膚炎患者と類似していた。

顔面の皮膚炎およびひっかき行動の発症率は,100%であった。

自然に発症し,特別な飼育環境やアレルギー誘発剤の使用を必要としなかった。

局所的な皮膚炎であるため老齢になるまで生存し,長期間の解析が可能であった。

アトピー性皮膚炎とかゆみに対するに新規治療薬の開発に有用である。

 

 

背景:

アトピー性皮膚炎(AD)は,先進国において罹病率の高いアレルギー性の炎症性皮膚疾患であり,強いかゆみと慢性湿疹を特徴とする。ADの病因・病態は複雑であり,ステロイドやカルシニューリン阻害薬といった既存の療法が奏功しない患者が存在している。ADの複雑な病態に即した治療法の開発には,優れた動物モデルの活用が重要となる。しかしながら,これまでに樹立されているADのマウスモデルは,掻破行動(皮膚をかきむしること)を呈しないものも多く,飼育環境により発症率が異なるなどの課題を抱えていた。

研究手法:

Nuclear factorκB (NF-κB)* シグナル関連分子であるIkk2* の表皮特異的欠損マウスは全身に皮膚炎を発症する。しかしながら,また皮膚炎の発症が全身におよぶために生後2週間ほどで死亡する。我々は,Ikk2を顔面の皮膚線維芽細胞*で欠損させることにより.局所的な皮膚炎を発症させることを検討した。顔面の皮膚線維芽細胞は,Nestinを発現する頭部の神経堤細胞*を起源とする。一方,背部皮膚などの線維芽細胞は神経堤細胞に由来しない(図1)。

 

図1   

 

 そこで,Nestin発現細胞で遺伝子組換え酵素(Cre)を発現するマウスとCreが発現した細胞で遺伝子組換えによるIkk2遺伝子の欠損を起こすマウスとを交配させ,顔面の皮膚線維芽細胞でのみIkk2を欠損しているマウスを作り出した(図2)。

 

図2   

 

 

成果:

誕生したマウスは,顔面にのみ皮膚炎を自然発症し,かゆみに対してかきむしる行動を示した。また病変部皮膚を採取して,遺伝子発現を解析するとヒトのAD皮膚の遺伝子発現に類似していることが明らかとなった。これら特徴から,我々は本マウスをFacial Atopic Dermatitis with Scratching(FADS)マウスと名付けた(図3)。

 

図3   

 

FADSマウスの組織学的な解析の結果,表皮肥厚,真皮への好酸球*・マスト細胞*の浸潤が認められた。病変部での2型サイトカイン*(IL-5, IL-4, IL-13)とその関連遺伝子(IL-9, Tslp, Postn)の発現が増加し,血清IgE*やペリオスチン*などの2型炎症マーカーも亢進していた(図4)。

 

図4  

 

FADSマウスでは,皮膚線維芽細胞のIKK2欠損が強力に2型炎症*反応を誘導した結果,IgEやペリオスチンなどのエフェクター分子の発現が亢進し,ADと類似した皮膚炎が発症していると考えられる(図5)。

 

図5

 

今後の展開:

 FADSマウスは,ADの病態に類似した皮膚炎を発症する以外に,長命であること,自然発症すること,高い発症率などの利点を兼ね備えている(図6)。しかしながら現時点で,Ikk2欠損が2型炎症反応を引き起こす経路や,かゆみを誘発するメカニズムは解明できていない。FADSマウスを用いて,それらの仕組みを紐解くことが,新たなAD治療薬の開発につながっていくと期待される。

図6 

 

[用語解説]

NF-κB:転写因子としてはたらくタンパク質複合体,炎症の制御に重要な分子

Ikk2:NF-κBの核内移行を誘導する酵素

線維芽細胞:皮膚真皮の結合組織を構成する最も主要な細胞

神経堤細胞:多分化能を有し,頭部の神経堤細胞は顔面の皮膚線維芽細胞に分化する

2型サイトカイン:アレルギーに関与するTh2細胞などが産生するIL-4,IL-5,IL-13を指す

2型炎症:2型サイトカインによる炎症反応

好酸球:ADで増加する白血球,IL-5で増殖する

マスト細胞:ADで増加する白血球,ヒスタミンを放出する

IgE: ADで増加する免疫グロブリン,マスト細胞に結合して活性化に係る

ペリオスチン:ADで増加するタンパク質で線維芽細胞から分泌され,表皮細胞活性化やマスト細胞

の活性化に係る

 

論文情報:

掲載誌

Journal of Investigative Dermatology

論文名

Establishment of a mouse model of atopic dermatitis by deleting Ikk2 in dermal fibroblasts

 

著者

布村 聡 (Satoshi Nunomura)1

江尻 直子(Naoko Ejiri)2

北島 緑 (Midori Kitajima)2

南里 康弘(Yasuhiro Nanri)2

有馬 和彦(Kazuhiko Arima)1

三田村 康貴(yasutaka Mitamura)1

吉原 智仁(Tomohito Yoshihara)1

藤井 一希(Kazuki Fujii)3

高雄 啓三(Keizo Takao)3

井村 穣二(Johji Imura)4

ハンス フェーリング(Hans Fehling)5

出原 賢治(Kenji Izuhara)1

北島 勲(Isao Kitajima)2

 

所属

1 佐賀大学医学部 分子生命科学講座 分子医化学分野

2 富山大学大学院医学薬学研究部(医学)臨床分子病態検査学講座

3 富山大学生命科学先端研究支援ユニット

4 富山大学大学院医学薬学研究部(医学)病理診断学講座

5 Institute of Immunology, University Hospital of Ulm, Germany

 

【本件に関する問い合せ先】

佐賀大学医学部分子生命科学講座分子医化学分野

准教授 布村 聡(ぬのむら さとし)

TEL. 0952-34-2269

 

富山大学大学院医学薬学研究部(医学)臨床分子病態検査学講座

教授 北島勲(きたじま いさお)

〒939-8555 富山県富山市五福3190

TEL. 076-434-7389

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