小魚摂取と死亡リスクとの関連 ~私たちに身近な小魚を食べることが生命予後(寿命)に関わることを発見~
【ポイント】
・女性の小魚摂取が死亡リスク低下と関連する。
・小魚に含まれる独自の栄養素や生理活性物質が死亡リスクに関わっている可能性がある。
・普段の食事に小魚を取り入れることの大切さが示唆される。
【要旨】
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野の笠原千夏大学院生、田村高志准教授、若井建志教授らの研究グループは、日本多施設共同コーホート研究*1(J-MICC研究[主任研究者:愛知県がんセンター研究所がん予防研究分野 松尾恵太郎分野長])の追跡調査データを用いたコホート研究*2として、小魚摂取頻度と死亡リスクとの関連について調べました。その結果、小魚をたくさん食べる食習慣が女性の全死亡およびがん死亡のリスク低下と関連することを発見しました。
シシャモ、しらすなどの小魚は「頭・内臓・骨を丸ごと食べることができる」という特徴があり、これらを捨てて身だけを食べる一般的な魚とは異なる食習慣で摂取されます。魚の頭・内臓・骨には、ビタミンAやカルシウムなどの疾病予防に関わる栄養素が多く含まれており、これらを一度に摂取できる小魚は、現代の私たちに不足しがちな栄養素の大切な摂取源と考えられています。小魚に含まれる栄養素の摂取は、血圧を低下させて動脈硬化を防いだり、一部のがんを予防したりすることが報告されており、ヒトの疾病予防における役割があらためて注目されています。
先行する国内外の疫学研究*3は、魚の摂取習慣が全死亡、循環器疾患死亡、一部のがん死亡のリスクを下げる可能性を示しています。しかし、小魚の摂取に着目して死亡リスクとの関連を調べたコホート研究はほとんどありません。そこで本研究グループは、J-MICC研究の参加者約8.1万人のおよそ9年間の追跡調査によって、小魚摂取頻度と死亡リスクとの関連を評価しました。小魚の摂取頻度は、食物摂取頻度調査票*4によって調査しました。また本研究では、死亡リスクに影響を与える参加者の年齢、喫煙・飲酒習慣、BMI、各種栄養素摂取量などの交絡要因*5を統計学的に考慮した上で分析を行いました。
その結果、女性の全死亡リスクは、小魚をほとんど摂取しない群に比べて、1–3回/月摂取群で0.68倍、1–2回/週摂取群で0.72倍、3回/週以上摂取群で0.69倍に低下し(傾向性P値*6=0.041)、がん死亡リスクは1–3回/月摂取群で0.72倍、1–2回/週摂取群で0.71倍、3回/週以上摂取群で0.64倍に低下していました(傾向性P値=0.027)。男性の全死亡とがん死亡のリスクについても、女性と同様の傾向を認めましたが、統計学的に有意ではありませんでした(それぞれ傾向性P値 = 0.391, 0.161)。
本研究グループによる研究結果は、普段の食事に小魚を取り入れることの重要性を提案しています。ビタミンAやカルシウムだけでなく、小魚に含まれる独自の栄養素や生理活性物質が死亡リスクの低下に関わっている可能性が示唆されます。
本研究成果は2024年5月3日付オンライン版『Public Health Nutrition』に掲載されました。
1.背景
日本人にはシシャモ、しらすなどの小魚を食べる習慣があります。このような小魚は「頭・内臓・骨を丸ごと食べることができる」という特徴があり、これらを捨てて身だけを食べる一般的な魚とは異なる食習慣で摂取されます。魚の頭・内臓・骨には、ビタミンAやカルシウムなどの疾病予防に関わる栄養素が多く含まれており、これらを一度に摂取できる小魚は、現代の私たちに不足しがちな栄養素の大切な摂取源と考えられています。小魚に含まれる栄養素の摂取は、血圧を低下させて動脈硬化を防いだり、一部のがんを予防したりすることが報告されており、ヒトの疾病予防における役割があらためて注目されています。先行する国内外の疫学研究は、魚の摂取習慣が全死亡、循環器疾患死亡、一部のがん死亡のリスクを下げる可能性を示しています。しかし、小魚の摂取に着目して死亡リスクとの関連を調べたコホート研究はほとんどありません。そこで本研究グループは、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC研究)に参加する約8.1万人のおよそ9年間の追跡調査にもとづいて、小魚摂取頻度と死亡リスクとの関連を評価しました。小魚の摂取頻度は、食物摂取頻度調査票によって調査し、死亡リスクに影響を与える参加者の年齢、喫煙・飲酒習慣、BMI、各種栄養素摂取量などを統計学的に調整した上で分析を行いました。
2.研究成果
図1は女性の小魚摂取頻度と死亡リスクとの関連を示しています。女性の全死亡リスクは、小魚をほとんど摂取しない群に比べて、1–3回/月摂取群で0.68倍、1–2回/週摂取群で0.72倍、3回/週以上摂取群で0.69倍に低下し(傾向性P値 = 0.041)、がん死亡リスクは1–3回/月摂取群で0.72倍、1–2回/週摂取群で0.71倍、3回/週以上摂取群で0.64倍に低下しました(傾向性P値 = 0.027)。循環器疾患死亡リスクについても、同様の傾向が観察されましたが、統計学的に有意ではありませんでした(傾向性P値 = 0.486)。
小魚をたくさん食べる人は、他の魚もたくさん食べる傾向があるため、一般的な魚の摂取頻度(焼き魚、煮魚、刺身など)を統計学的に考慮した分析も行いましたが、本関連に大きな影響は見られませんでした。このことは小魚摂取が他の一般的な魚の摂取とは独立して死亡リスクの低下に関わっていることを示唆しています。
図2は男性の小魚摂取頻度と死亡リスクとの関連を示しています。男性においても、全死亡とがん死亡のリスクが低下する傾向が観察されましたが、統計学的に有意ではありませんでした(それぞれ傾向性P値 = 0.391, 0.161)。小魚摂取頻度と循環器疾患死亡リスクとの間には明らかな関連はありませんでした。また一般的な魚の摂取頻度を考慮した分析においても、本関連に大きな影響は見られませんでした。
3.今後の展開
本研究は、小魚をたくさん食べる習慣が女性の全死亡およびがん死亡のリスクを低下させる可能性を示しました。私たちの普段の食事に小魚を多く取り入れることの重要性を提案しています。J-MICC 研究は追跡調査を続けることで、解析できる症例数が多くなり、今後はより細かい死因やがん部位別での評価が可能になります。小魚摂取が具体的にどの部位のがん死亡もしくはがん罹患の低下と関連するのか、また他研究の一般集団でも本関連の再現性が確認されるのか、さらには小魚の摂取が死亡リスクを下げるメカニズムの解明が期待されます。
4.用語説明
*1 日本多施設共同コーホート研究(J-MICC研究):日本全国でおよそ 10 万人の参加者の健康状態(がん罹患や死亡など)を20年
にわたって追跡し、どのような人がどんな病気になりやすいかを調べる研究です。本研究は2005年に調査を開始し、現在は全国
13の研究グループによって運営されています。研究参加者の生活習慣だけでなく、遺伝的な背景も考慮して病気の原因を調査し
ており、日本ではじめての大規模分子疫学コホート研究です。
*2 コホート研究:「ある要因を持つ集団」と「ある要因を持たない集団」(コホート)を未来に向かって追跡し、各集団で発生する
将来の結果(死亡率や罹患率など)の違いを評価することができる研究で、さまざまな要因と結果の関連を調べることができ
ます。コホート研究は、対象者が持つ要因を結果が生じる前に把握したうえで、長期にわたって結果を追跡するため、信頼性の
高いエビデンスを示すことができます。
*3 疫学研究:ヒト集団を対象として疾患や健康に関する要因を調べる研究の総称です。近年は大規模な疫学調査データを取り扱う
ことが多く、ヒトの生活習慣だけでなく遺伝的な要因も組み合わせて、死亡率や罹患率の違いなどを評価します。疾病予防、公
衆衛生上の政策の立案に重要な役割を担っている研究です。
*4 食物摂取頻度調査票:どのような食品をどれくらいの頻度と量で摂取しているかを調べるために使用するアンケートで、特定の
食品項目(たとえば大豆、小魚、ヨーグルト、緑茶など)が一覧になっており、研究参加者はそれぞれの食品や飲み物をどのくら
いの頻度と量で摂取するかを選択肢から回答します。本調査票の回答にもとづいて、栄養素摂取量や食品群摂取量を推定するこ
とができます。本調査票の目的は、その人がどのような食習慣あるいは栄養素摂取の傾向を持っているかを把握し、他の生活習
慣データや追跡調査データとあわせて、健康への影響を正しく評価することです。
*5 交絡要因:研究対象とする要因以外の要因のうち、1)結果に影響を与えること、2)研究対象とする要因と関連すること、3)
研究対象とする要因と結果の中間要因ではないことの3つの条件を満たす要因です。交絡要因が正しく制御できない場合、「見
かけ上の関連(他の要因による誤った関連)」が観察されることがあるため、交絡要因の制御は因果関係の推論に欠かせません。
*6 傾向性P値:関連の傾向(要因が増えるほどリスクが上昇または低下すること)を評価し、その有意性を判断するために用いられ
る統計学的な指標です。「原因と結果の関連が偶然によるものかどうか」を明らかにし、P値が小さいほど(通常は 0.05 以下)
その関連が偶然ではない可能性が高くなります。
5.支援・謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費がん特定領域研究(No.17015018)、新学術領域研究(No.221S0001)、学術変革領域研究「コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)」(No.16H06277、22H04923)による助成を受けて行われました。
【論文情報】
雑誌名:Public Health Nutrition
論文タイトル:Association between consumption of small fish and all-cause mortality among Japanese: the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study
著者名:Chinatsu Kasahara1, Takashi Tamura1, Kenji Wakai1, Yudai Tamada1,2, Yasufumi Kato1, Yoko Kubo1, Rieko Okada1, Mako Nagayoshi1, Asahi Hishida1,3, Nahomi Imaeda4,5, Chiho Goto5,6, Jun Otonari7, Hiroaki Ikezaki8,9, Yuichiro Nishida10, Chisato Shimanoe11, Isao Oze12, Yuriko N. Koyanagi12, Yohko Nakamura13, Miho Kusakabe13, Daisaku Nishimoto14,15, Ippei Shimoshikiryo14,16, Sadao Suzuki5, Miki Watanabe5, Etsuko Ozaki17, Chie Omichi17,18, Kiyonori Kuriki19, Naoyuki Takashima17,20, Naoko Miyagawa20,21, Kokichi Arisawa22, Sakurako Katsuura-Kamano22, Kenji Takeuchi1,2,23, and Keitaro Matsuo12,24 for the J-MICC Study Group.
所属名:
1 Department of Preventive Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Department of International and Community Oral Health, Tohoku University Graduate School of Dentistry, Sendai, Japan
3 Department of Public Health, School of Medicine, Aichi Medical University, Nagakute, Japan
4 Department of Nutrition, Faculty of Wellness, Shigakkan University, Obu, Japan
5 Department of Public Health, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Japan
6 Department of Health and Nutrition, School of Health and Human Life, Nagoya Bunri University, Inazawa, Japan
7 Department of Psychosomatic Medicine, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University, Fukuoka, Japan
8 Department of General Internal Medicine, Kyushu University Hospital, Fukuoka, Japan
9 Department of Comprehensive General Internal Medicine, Kyushu University Faculty of Medical Sciences, Fukuoka, Japan
10 Department of Preventive Medicine, Faculty of Medicine, Saga University, Saga, Japan
11 Department of Pharmacy, Saga University Hospital, Saga, Japan
12 Division of Cancer Epidemiology and Prevention, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan
13 Cancer Prevention Center, Chiba Cancer Center Research Institute, Chiba, Japan
14 Department of Epidemiology and Preventive Medicine, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences,
Kagoshima, Japan
15 School of Health Sciences, Faculty of Medicine, Kagoshima University, Kagoshima, Japan
16 Environmental Epidemiology Section, Health and Environmental Risk Division, National Institute for Environmental Studies,
Tsukuba, Japan
17 Department of Epidemiology for Community Health and Medicine, Kyoto Prefectural University of Medicine, Kyoto, Japan
18 Department of Hygiene and Public Health, Osaka Medical and Pharmaceutical University, Takatsuki, Japan
19 Laboratory of Public Health, Division of Nutritional Sciences, School of Food and Nutritional Sciences, University of Shizuoka,
Shizuoka, Japan
20 Department of Public Health, Shiga University of Medical Science, Otsu, Japan
21 Department of Preventive Medicine and Public Health, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan
22 Department of Preventive Medicine, Tokushima University Graduate School of Biomedical Sciences, Tokushima, Japan
23 Division for Regional Community Development, Liaison Center for Innovative Dentistry, Tohoku University Graduate School of
Dentistry, Sendai, Japan
24 Department of Cancer Epidemiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
DOI: 10.1017/S1368980024000831
【報道連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係
TEL:052-744-2804
FAX:052-744-2785
E-mail:iga-sous@t.mail.nagoya-u.ac.jp
国立大学法人 佐賀大学 広報室
TEL: 0952-28-8153
FAX:0952-28-8921
E-mail: sagakoho@mail.admin.saga-u.ac.jp