日本の「納豆菌」とインドの伝統食「ベカン」の菌は、 他人なのに“そっくり”だった!? 〜ゲノム解析が解き明かす、アジアの発酵食文化と細菌の不思議な進化〜

本研究のポイント
・日本の伝統食「納豆」を作る納豆菌と、インドのミゾラム州で作られる類似の発酵食品「ベカン
Bekang)」から分離された菌について、遺伝子の全貌(ゲノム)を詳細に比較解析しました。
・その結果、ベカンの菌は「家系図(進化の系統)」で見ると日本の納豆菌とは遠い
親戚であることが分かりました。
・しかし驚くべきことに、大豆を発酵させるために使う「道具(機能的な遺伝子)」のセットは、日本の
納豆菌と瓜二つであることが判明しました。
・これは、全く異なる場所で進化した細菌同士でも、同じ「大豆発酵」という環境に適応するために、同
じような遺伝子セットを獲得・維持してきたことを示唆する重要な発見です。
【研究者】
・代表者:永野 幸生(佐賀大学 農学部 教授)
・分担者:関 清彦(佐賀大学 農学部 講師)
【研究成果の概要】
佐賀大学農学部の永野幸生教授と関清彦講師の研究グループは、日本の食卓に欠かせない「納豆」を作る納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)と、その近縁な細菌たちについて、大規模なゲノム比較解析を行いました。
今回注目したのは、インド北東部やミャンマー西部で作られている伝統的な大豆発酵食品「ベカン(Bekang)」から分離された1つの菌株です。ベカンは日本の納豆と同様に、独特の粘り気(糸引き)を持つ食品として知られています。
研究グループがこのベカン由来の菌のDNAを解析したところ、「基本的な家系図(コアゲノム)」の上では、日本の納豆菌グループとは明確に離れた、別の系統の菌であることが分かりました。進化的に一番近い「隣人」は、ネパールの発酵食品「キネマ」の菌でした。
ところが、それぞれの菌が持っている「環境に適応するための遺伝子(アクセサリーゲノム)」の構成を調べたところ、このベカンの菌は、なんと日本の納豆菌グループと最も似通っているという、矛盾するような事実が浮かび上がってきました。
つまり、このベカンの菌は「生まれ(家柄)」は違うのに、大豆を発酵させるための「職業スキル(遺伝子セット)」は日本の納豆菌とほぼ同じだったのです。これは、細菌たちが「大豆発酵」という特定の環境で生きていくために、必要な遺伝子セットを獲得または維持し、進化した可能性を示唆しています。
本研究は、微生物がどのように進化して私たち人間に有用な発酵食品を作ってくれるようになったのか、その複雑な歴史の一端を解き明かしたものです。 同時に、アジアの多様な食文化が、目に見えない微生物の遺伝子レベルでも繋がっていることを科学的に示した興味深い事例でもあります。「納豆は日本独自のもの」と思われがちですが、実はアジアの遠く離れた地にも、遺伝子レベルで「そっくりな道具」を持った細菌が活躍する兄弟のような食品が存在していたのです。
【研究成果の公表媒体(論文)】
・雑誌名: Scientific Reports(Nature Portfolio)
・論文名: Conserved accessory genes link a phylogenetically distinct Bacillus subtilis strain from Indian bekang to the Japanese natto clade
・公開日時: 2025年12月17日19時
・URL : https://doi.org/10.1038/s41598-025-29683-y
【今後の展開】
本研究で開発した「細菌ゲノム解析のパイプライン(解析手法)」は、納豆菌に限らず、様々な食品製造用の細菌に応用可能です。 例えば、より美味しい発酵食品を作るための菌の選抜や、工場での品質管理において、菌の性質を遺伝子レベルで正確に診断・管理する技術として役立つことが期待されます。
また、本研究グループでは、このゲノム解析技術を活用した食品開発や品質管理に関心のある企業・研究機関との共同研究を広く募集しています。
【researchmapのリンク先】
・永野 幸生: https://researchmap.jp/read0211401
・関 清彦: https://researchmap.jp/read0092215
【本件に関する問い合わせ先】
佐賀大学 農学部 教授 永野 幸生 E-mail: nagano@cc.saga-u.ac.jp
ベカンの写真1
(Vishnu Institute of Pharmaceutical Education & Research の Santhosha Dasarapu 博士提供)

ベカンの写真2
(Vishnu Institute of Pharmaceutical Education & Research の Santhosha Dasarapu 博士提供)




