陶磁器釉薬の近赤外発光メカニズムの解明 古陶磁器の産地同定など科学的知見に基づく有田焼の歴史探訪への可能性

■(研究の背景)
陶磁器は表面を釉薬とよばれるガラス層で覆われており、この釉薬層は近赤外880 nm付近に発光(ルミネッセンス)を示すことが知られています。我々はこの発光のパターンが陶磁器の焼成温度に依存することを発見し、陶磁器を非破壊分析する新技術としての可能性を示してきました。しかし、この発光のメカニズムは不明であり、原料の同定や発光の起源となる元素は明らかにされていませんでした。
■(研究の成果)
佐賀大学と佐賀県窯業技術センターの共同研究チームは陶磁器の釉薬が示す近赤外領域の発光が主原料である長石に由来することを明らかにしました。また、長石に含まれる希土類元素の一つであるネオジム(元素記号Nd)が発光の原因となる元素であることを解明しました。さらに、17〜19世紀の古陶磁器片について釉薬からの近赤外発光スペクトルを測定したところ、佐賀県の有田地区および愛知県の瀬戸地区から発掘された陶片では違いが見られ、古陶磁器の産地同定などへ応用できる可能性が示唆されました。
■(今後の展望)
本研究でメカニズムを明らかにした釉薬の近赤外発光は陶磁器の非破壊分析法として発展する将来性を持っています。今後、本手法を1600年ごろの肥前地区で発掘された古陶磁器などに応用することで、有田焼発祥の解明などが期待できます。
【概要】
佐賀大学と佐賀県窯業技術センターの共同研究チームは陶磁器の釉薬に由来する近赤外領域(880 nm付近)の発光が釉薬の主原料である長石に含まれるネオジム(希土類元素の一つ)に由来することを発見しました。共同研究チームは佐賀大学・理工学部/肥前セラミック研究センター・海野雅司教授、佐賀大学・理工学部・大渡啓介教授、佐賀大学・理工学部・山田泰教教授、佐賀大学・理工学部・藤澤知績准教授、佐賀県窯業技術センター・窯業人材課・松尾英之課長らなどによって構成され、ネオジムを添加した釉薬試料や近赤外ラマン/発光分光法、誘導結合プラズマ発光分光分析法などを用いた研究から解明しました。
〇背景
釉薬は“うわぐすり”ともよばれ、陶磁器の表面を覆う薄いガラス層です。釉薬は陶磁器の色・つや・防水性・耐久性の向上などの役割がありますが、我々は以前の研究において(Kamura, S., Tani, T., Matsuo, H., Onaka, T., Fujisawa, T., Unno, M. ACS Omega 2021, 6, 7829-7833)、この釉薬層に近赤外領域の785 nm光を照射すると880 nm付近に発光(ルミネッセンス)*1を示すことを示しました。一般に、発光強度を波長に対してプロットしたものを発光スペクトルとよびますが、我々は釉薬の発光スペクトルが陶磁器の焼成温度によって大きく変化することを発見し、新しい陶磁器の非破壊分析技術としての可能性を明らかにしました。しかし、この発光のメカニズムは不明なままであり、発光の原因となる原料や発光の起源となる元素が何かなどは明らかにされていませんでした。
〇成果
有田焼などで用いられる珪灰石釉の主成分はソーダ(ナトリウム)長石とカリ(カリウム)長石で、その他に珪灰石や珪石、カオリンなどが含まれています。そこで、これらの原料を焼成した試料について近赤外発光スペクトルを測定したところ、ソーダ長石とカリ長石の発光スペクトルを足し合わせたものが釉薬のスペクトルに類似していることを発見しました。次に微量元素を分析する手法である誘導結合プラズマ発光分光法を用いて釉薬原料を調べたところ、2つの長石から微量のプラセオジム(原子番号59、元素記号Pr)とネオジム(原子番号60、元素記号Nd)が検出されました。そこで、これらの元素と発光強度の関係を調べるため、PrとNdを添加した釉薬を作り、その発光スペクトルを測定しました。その結果、図1に示したように、Ndを添加することで880 nm付近の発光強度が増大することが観測され、釉薬の発光は長石に含まれる微量のネオジムであることが判明しました。
次に古陶磁器片への応用の可能性を調べるため、17〜19世紀の有田焼と瀬戸焼の古陶磁器片について、近赤外発光スペクトルを測定しました。図2に示したように、有田焼と瀬戸焼の陶片では発光スペクトルの形状や発光極大波長に違いが見られました。今後更なる系統的な研究が必要ですが、この結果は釉薬の近赤外発光スペクトルの分析が古陶磁器の産地同定などの新手法となる可能性を示しています。
〇展望
今回メカニズムを解明した近赤外発光は釉薬だけでなく宝石類や溶岩などでも観測され、本研究の知見はさまざまな分野への波及効果が期待されます。陶磁器に関しては、1600年ごろの黎明期有田焼の陶磁器などへの応用を計画しています。一般に有田焼は1616年に朝鮮人陶工の李参平によって佐賀県有田町の泉山で陶石が発見されたことから始まったとされていますが、最近の研究では泉山陶石の発見の前から有田地区において磁器*2が作られたことが分かってきました。このような黎明期の有田焼の陶磁器に応用することで、科学的な知見に基づいた有田焼の歴史探訪が可能になるかもしれません。
用語の説明
*1 物質内の電子が外部からエネルギーを得て高エネルギー状態である励起状態になり、この励起状態から元の低エネルギ
ー状態(基底状態)に戻る際に、そのエネルギー差を光として放出することで発光が起こります。
*2 磁器とは陶石を原料とし、1200〜1300 ℃以上の高温で焼成された陶磁器の一種です。光を透過する性質があり、粘土
を主原料とする陶器に比べて硬く、衝撃に強いのが特徴です。日本では約400年前に、有田地区で初めての磁器が生産
されたことが知られています。
〇論文情報
Onaka, Y., Matsuo, H., Aoyama, A., Ohto, K., Yamada, Y., Fujisawa, T., Unno, M. Near-Infrared Luminescence from Porcelain Glazes Originates from 2 Neodymium Ion.
The Journal of Physical Chemistry C (2026) in press.
https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.5c07259
【本件に関する問い合わせ先】
佐賀大学 理工学部 化学部門/肥前セラミック研究センター 教授 海野雅司
TEL:0952-28-8678 mail:unno@cc.saga-u.ac.jp


