世界初ダイヤモンド半導体パワー回路を開発 -高速スイッチング、長時間連続動作を実証-

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【研究者】
 代表者:嘉数 誠
 分担者:サハ ニロイ、大石敏之 

【研究成果の概要】
 国立大学法人佐賀大学(以下、「佐賀大学」。本部:佐賀県佐賀市本庄町1番地。学長:兒玉 浩明)は、次世代の究極のパワー半導体のダイヤモンド半導体デバイスで、世界で初めてパワー回路を開発しました。ダイヤモンド半導体パワー回路は、10ナノ秒を切る時間で高速スイッチング動作を示し、190時間の長時間連続動作では、特性劣化が見られませんでした。カーボンニュートラルの実現とともに、通信量の膨大化により開発が急がれるBeyond 5G基地局からの出力の飛躍的向上や、未だ真空管が使用されている通信衛星の半導体化が実現できるようになることが期待されます。
 ダイヤモンド半導体は、従来のシリコン、シリコンカーバイド、窒化ガリウム、と比べ、放熱性、耐電圧性、耐放射線性に優れており、地上だけでなく宇宙空間でも安定に動作させることができます。佐賀大学は、昨年ダイヤモンドの大口径化と半導体デバイスの周辺技術の高度化を進め、次世代のパワー半導体のダイヤモンド半導体デバイスを作製し、世界最高の出力電力および出力電圧を報告しました。
 しかしパワー半導体を実用化するためには、パワー半導体の回路を作製し、スイッチング特性や長時間連続特性などの動的な特性で実証する必要があります。
 今回の成果は、ダイヤモンド半導体のパワー回路が動的特性においても、問題はないことを示すものであり、今後、パワー回路の実証試験を進めながら、デバイスの周辺技術の研究開発を進め、本格的に実用化に向けた研究開発を加速させてまいります。
 なお、本成果は、世界的に最も権威ある米国電気電子学会(IEEE)のElectron Device Letters誌に2本の論文として掲載されます。

<新ダイヤモンド半導体デバイスの特徴>
・究極のパワー半導体物性をもつダイヤモンド半導体
・ダイヤモンド半導体デバイスのパワー回路を開発
・ダイヤモンド半導体パワー回路で10ナノ秒を切る高速スイッチング動作
・ダイヤモンド半導体パワー回路で190時間の連続動作で特性劣化なし
・Beyond5G携帯基地局および電気自動車電力制御用デバイスに最適

<開発の背景>
 近年、通信の大容量化に伴い、半導体電子デバイスの高周波数化と高出力化が求められています。携帯端末であれば周波数・出力は1.5GHz・1W程度で済みますが、通信衛星、テレビの放送地上局などでは10GHz・1kWレベル以上、Beyond5Gでは100GHz・100Wレベル以上の高周波・高出力化が必要になっています。しかし、これらの周波数帯域では、半導体電子デバイスがまだなく、未だに真空管が用いられているのが現状です。いうまでもなく真空管は半導体に比べ効率が低くエネルギーロスが大きいため、環境保全の観点からも半導体化が課題となっていました(図1)。
 半導体の材料に関しては、シリコン、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)などが実用化段階に入っていますが、理想的なダイヤモンドができた場合は、その物理性質上から、SiCやGaNを超える周波数、出力が得られることが理論上わかっています。理想的なダイヤモンドは、シリコンに比べて、約5万倍の大電力高効率化、約1200倍の高速特性が期待されます(図2)。これは、ダイヤモンドが半導体の中でも最大の熱伝導率があり放熱性が良く、絶縁破壊電界強度(*1)が高いため長寿命であるばかりでなく、キャリア移動度(*2)も非常に高いからです。そのためダイヤモンドは、高周波パワーデバイスとして最も適した究極の半導体と見られていました。
 佐賀大学は、昨年、ダイヤモンド半導体デバイスで世界最高の出力電力(875MW/cm2)、出力電圧(3659V)を報告しました。しかし他機関から、ダイヤモンド半導体は、パワー回路として動作させた場合、素子劣化は早く、長時間動作は困難で、実用化は容易ではないと報告されていました。

<技術のポイント>
<1>ダイヤモンド半導体デバイスのパワー回路を開発(図3)
 半導体デバイスは、回路の中で動作させなければいけません。ダイヤモンドウェハ上に作製したダイヤモンド半導体デバイスは、電極とプリント基板の間に本学で開発した方法で金線を使ってワイヤボンディング(*3)を行い、世界で初めてダイヤモンド半導体デバイスのパワー回路技術を開発いたしました。また、それにより実用で重要なスイッチング特性や寿命試験などの動的な特性を測定することが可能になりました。

<2>ダイヤモンド半導体パワー回路で10ナノ秒を切る高速のスイッチング動作(図4)
 開発したダイヤモンド半導体パワー回路は、高速でスイッチング動作させたところ、スイッチング時間(*4)はターンオン時間(*4)が9.97ナノ秒(ナノ秒は10億分の1秒)、ターンオフ時間(*4)が9.63ナノ秒となり、超高速のスイッチング動作を世界で初めて確認しました。スイッチング損失(*4)はターンオン損失(*4)では55.1ピコジュール(ピコジュールは1兆分の1ジュール)、ターンオフ損失(*4)では153.2ピコジュールと大変低い値でした。これはダイヤモンドパワー回路が、いかにエネルギー損失が低く、効率が高いかを示しています。

<3>190時間の連続動作で特性劣化なし(図5)
 開発したダイヤモンド半導体パワー回路で、長時間連続測定を行いました。190時間連続測定しましたが、特性劣化は全く見られませんでした。動作中に出力電流値が徐々に増加し、入力電流値も増加する現象が見えましたが、動作を終えると連続測定前の特性に戻る回復現象が見られました。

<今後の展開>
 今後は、開発したダイヤモンド半導体パワー回路で、今回明らかになった特性変化の物理的機構を明らかにするとともに、その対策を講じたダイヤモンド半導体デバイスを作製してまいります。また今後、さらに高電圧での動作や過酷な動的特性試験を行い、実用化を目指した研究開発を加速してまいります。

<用語解説>
*1 絶縁破壊電界強度
 半導体にある一定値以上の高電圧を加えると、半導体は破壊されてしまいます。この現象を絶縁破壊といいます。この現象が起こる電界強度値は絶縁破壊電界強度といいます。絶縁破壊電界強度は物質の種類によって決まります。絶縁破壊電界強度が高い半導体ほど、高電圧で半導体デバイスを動作させることができるので、高出力半導体デバイスとして有利です。ダイヤモンドは最も丈夫な半導体のため、絶縁破壊電界強度が非常に高いという特徴があります。

*2 キャリア移動度
 半導体デバイスは、キャリアの走行を制御することで機能します。キャリアは半導体素子の機能をつかさどる担体(電子、ホール)のことです。ダイヤモンドは、本来のキャリア移動度が高いという特徴があります。キャリア移動度が高いほど高周波で動作させる半導体デバイスとして有利です。

*3  ワイヤーボンディング
 ダイヤモンド半導体デバイスは、ダイヤモンドウェハ上に作製されますが、寸法が100ミクロンメートル(0.1ミリメートル)程度のダイヤモンド半導体デバイスの電極と外部のプリント基板との間を直径20ミクロンメートルの金線で結線をすることで、ダイヤモンド半導体デバイスを実用の回路として動作させることができます。その結線のプロセスのことをワイヤボンディングと呼びます。
 しかしダイヤモンドと電極となる金属は、素材の性質として、付着力が弱すぎる問題があり、ワイヤボンディングをしようとすると、電極の金属が金線で引っ張られて、ダイヤモンドから剥離してしまう問題がありました。そのため、特別な方法を開発し、ダイヤモンド半導体デバイスの電極からプリント基板にワイヤボンディングできるようになりました。

*4  スイッチング時間、ターンオン時間、ターンオフ時間、
   スイッチング損失、ターンオン損失、ターンオフ損失
 パワー半導体は、外部信号により、オン、オフさせるスイッチとして動作させます。しかし、半導体内に電流として流れるキャリアを、電極から内部に入れたり、外部に出したりするのに時間を要するため、オン状態とオフ状態の切り替えに時間を要します。これらの時間をスイッチング時間と呼びます。半導体デバイスでは高い電圧が印加されたまま、大きな電流が流れるため、エネルギーの損失が起こります。その損失をスイッチング損失と呼びます。そのためパワー半導体では、スイッチング時間を短くし、スイッチング損失を低減し、エネルギーの効率が上げることが、特に重要とされています。
 なお、スイッチング動作のうち、オフ→オンをターンオン動作、オン→オフをターンオフ動作と言いますが、スイッチング時間、スイッチング損失のうち、ターンオン動作に要する時間、損失をターンオン時間、ターンオン損失、ターンオフ動作に要する時間、損失をターンオフ時間、ターンオフ損失と呼びます。
・図1 宇宙やBeyond5Gに向けた半導体の高周波化・高出力化の必要
・図2 ダイヤモンドの優れた物性から期待されるデバイス性能
・図3 技術のポイント(1)ダイヤモンド半導体デバイスのパワー回路を開発
・図4 技術のポイント(2)10ナノ秒を切る高速のスイッチング動作
・図5 技術のポイント(3)190時間の連続動作で特性劣化なし

報道発表資料

 

【研究成果の公表媒体(論文や学会など)】
N. C. Saha, et al, “Fast Switching NO2-doped p-Channel Diamond MOSFETs”, IEEE Electron Device Letters 44, 5 印刷中 (2023); DOI: 10.1109/LED.2023.3261277.

N. C. Saha, et al, “Long Stress (190 h) Operation of NO2 p-Type Doped Diamond MOSFETs”, IEEE Electron Device Letters 印刷中 (2023); DOI: 10.1109/LED.2023.3265664.

【教員活動DBのリンク先】
嘉数 誠
https://research.dl.saga-u.ac.jp/profile/ja.2d82a58bcbe158ac.html

 

 

【本件に関する問い合わせ先】
 佐賀大学
(研究)理工学部 教授 嘉数 誠 
 E-mail kasu@cc.saga-u.ac.jp
 TEL  0952(28)8648

(報道)広報室
 E-mail sagakoho@mail.admin.saga-u.ac.jp
 TEL  0952(28)8153

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