がん細胞で起こる代謝の最適化を介した生存戦略 ~成人T細胞白血病におけるピリミジン代謝の変化~

【研究者】
 佐賀大学医学部 血液・呼吸器・腫瘍内科 教授 木村 晋也
 佐賀大学 創薬科学共同研究講座 特任教授 渡邉 達郎   他

 

【研究成果の概要】
 佐賀大学医学部 血液・呼吸器・腫瘍内科の木村晋也教授らのグループは、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)でみられるがん細胞において、正常細胞と比較して代謝が変化することで、旺盛な細胞増殖を支持していることを明らかにし、がん細胞で特徴的にみられる代謝の変化を標的としたがん治療の可能性を示しました。本内容は、アメリカ血液学会の公式誌「Blood Advances(ブラッド アドバンス)」にオンラインで1月10日に発表されております。

 

【研究成果の公表媒体(論文や学会など)】
Blood Advances(ブラッド アドバンス)

 

【開発の背景】
 成人T細胞白血病 (ATL) はHTLV-1ウイルスが感染することで起きる血液(T細胞)のがんです。日本は特にHTLV-1感染者が多い国の一つであり、80~110万人の感染者がおり、中でも九州・沖縄地方に集中しています。
 HTLV-1に感染すると、一般的に数十年の潜伏期間(無症状期間)があります。この間に、HTLV-1に感染したT細胞に、遺伝子異常やエピゲノム異常が蓄積することで、正しく制御された増殖から逸脱した、旺盛な細胞増殖能を獲得し、その結果、感染者の2~5% がATLを発症します。ATLは比較的に悪性度の高い血液がんであり、治療成績の改善が望まれております。我々は、大原薬品工業株式会社(大原誠司社長)の支援を受け、2017年から佐賀大学内に創薬科学共同研究講座(木村晋也教授)を設置し、ATLの新しい治療法、予防法、診断法を開発することを目的に研究を進めております。

 

【研究の内容】
 データベースを用いた解析、及びATL患者様より提供いただいた血液細胞を用いた解析から、HTLV-1感染T細胞(ATLがん細胞)では、代謝酵素の一つであるウリジンシチジンキナーゼ2 (UCK2) が強く発現していることを明らかにしました。UCK2はピリミジンヌクレオチド(核酸等の様々な生体分子の重要な構成要素)の合成に関わる酵素であり、特に細胞外から取り込んだ遺伝子の材料となるウリジンやシチジンを再利用する際に鍵となる酵素です。UCK2の発現を減少させるとATL細胞の増殖が抑制されたことから、UCK2の発現量の増加がATL細胞の増殖に重要な役割を担うと考えられ、新規の治療標的となる可能性があります。
 現在、遺伝子の錆(さび)をとるDNA脱メチル化薬として一部の血液がん治療で使用されるアザシチジンが抗がん活性を発揮する際にもUCK2が関与します。我々が以前に樹立したアザシチジンに耐性をもつATL細胞株ではUCK2発現が低下しております。今回、アザシチジン耐性株では、ピリミジンヌクレオチドの合成が、細胞外からの取り込みではなく、細胞内でアミノ酸から合成する経路が活性化していることを見出し、さらに、その経路を阻害する薬剤により、効率よくアザシチジン耐性細胞の増殖が抑制されることを明らかにしました。

 

【今後の展開】
 UCK2はATL以外にも肺がんや肝臓がんなどの固形腫瘍においても、発現が高くなっており、治療標的としても注目されています。UCK2を特異的に強く抑制する化合物が新規のがん治療薬となると期待しています。一方、アザシチジンは一部の血液腫瘍において、既に臨床で使用されておりますが、その耐性化により治療が難渋する場合があります。アザシチジン耐性化時に観察される代謝変化を標的にした治療は、本研究で示したようにアザシチジン耐性細胞に著効する可能性があり、アザシチジン耐性症例の治療成績の向上に貢献し得ます。 

 

【教員活動DBのリンク先】
 木村 晋也
 https://research.dl.saga-u.ac.jp/profile/ja.69b4741e14a547d0.html

 

 

【本件に関する問い合わせ先】
 佐賀大学医学部 血液・呼吸器・腫瘍内科
 教授 木村晋也
 TEL: 0952-34-2366、 FAX: 0952-34-2017
 E-mail: shkimu@cc.saga-u.ac.jp

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