細胞の中で“毒”が生まれる?抗加齢物質ポリアミン代謝調節の重要性を解明!

【研究成果の概要】
肝臓は生体の中で最も大きな臓器であり、常に血液が出入りしながら、「栄養素の貯蔵と放出」「有毒物質の解毒」「胆汁の合成と放出」といった重要な役割を担います。私たちは今回、タンパク質や還元力(チオール:硫黄)の維持に関与する環境転写因子NRF1(エヌアールエフワン)の解析を通して、肝障害を改善できる方策を見出しましたので報告します。

私たちは、環境転写因子NRF1を欠失させた際に「ポリアミン」と呼ばれる物質群の量比が変動することに着目し、研究を進めてきました。ポリアミンには分子量の小さい順にプトレスシン、スペルミジン、スペルミンがあり、これらは多くの生物の細胞に共通して高濃度で存在する重要な生体物質です。ポリアミンは細胞分裂や核酸合成などに関与し、生命活動の根幹を支えています。また、加齢とともに体内のポリアミンは徐々に減少することから、近年では適切な摂取を継続することで、抗加齢効果が期待されることから、注目されている物質です。

NRF1を欠失するとポリアミンのうち最も分子量が大きいスペルミンを分解する、スペルミンオキシダーゼ(SMOX)が過剰に発現し、ポリアミンの低分子化が促進されました。ポリアミン群の量比は恒常的に保たれており、他の生体物質に使用される場合でも、選択的に低分子が進むことはありません。しかし、SMOXによるスペルミンの低分子化は、スペルミジンに加え、炭素鎖が3つの3アミノプロパナールと過酸化水素が生成されます。この3アミノプロパナールは、酵素関与なしにアンモニアとアクロレインという生体高分子に害を及ぼす(直接、結合して機能を障害する「さび」のような現象)物質へと変化します(図1)。


(図1)NRF1を欠失し、SMOXが過剰発現すると、長鎖ポリアミン、スペルミンからスペルミジンへの分解が促進されます
(オレンジのカラム)。
その副産物として、最終的に過酸化水素、アンモニア、アクロレインが生じてしまいます。

 

なぜ、遺伝子やタンパク質、脂質など機能性物質のごく近くで、このような毒性物質を生成する代謝経路が存在するのかについては、今後の研究課題です。しかし、これらの物質が細胞内に出現することは大きな問題を孕んでいると考えられます。ポリアミンの分解によって生じる、過酸化水素、アンモニア、アクロレインの中で、アクロレインはあまり注目されてきませんでした。アクロレインは、飲酒・二日酔い等の原因物質アセトアルデヒドよりも遥かに高い反応性を持つ不飽和アルデヒドであり、主に、車の排気ガスやタバコの煙、古い油での揚げ物などに含まれ、外因的に体内に取り込まれ、その高い毒性が知られていました。本研究では、このアクロレインが細胞内部でも生成され、それが細胞障害の直接的な原因になることを初めて示したものです(図2)。


(図2)NRF1を欠失し、SMOXが過剰発現すると(右端のオレンジN1KOの列)、赤い蛍光で示す遊離アクロレインが肝臓の中に非常に多く生じている様子がわかります。

 

【今後の展望】
実際に、SMOXが機能しないようにすると、アクロレイン量が減少することから、もし効率的にSMOXを抑えることができれば、細胞の中で発生するアクロレインは少なくできるとわかりました(図3)。SMOXに関しては環境転写因子NRF1によって強力に抑制されていますので、今後、NRF1を安定化する方策や、SMOXの阻害によって肝障害を防止する薬剤の開発につながるのではないかと考えています。
私どもは、以前NRF1の安定化物質を取得しておりますので、今後この薬剤の開発を進めることに加えて、SMOX酵素本体を標的とした阻害物質の探索などに繋げていきたいと考えております。


(図3)NRF1を欠失した細胞ではSMOXが過剰発現しますが、SMOXのsiRNAで遺伝子発現を阻害すると、赤い傾向で示す遊離アクロレインがコントロールに比べて減少することがわかりました。

 

【謝辞】
本研究は、文部科学省科 研費費(19H04057、22H03515)、日本医療研究開発機構 創薬等先進技術支援基盤プラットフォーム(23ama121038j0002)の支援を受けて行われました。

【論文情報】
論文タイトル:NF-E2-related factor 1 suppresses the expression of a spermine oxidase and the production of highly reactive acrolein
雑誌:Scientific Reports
掲載日:2025年4月21日10時(英国時間)
DOI: 10.1038/s41598-025-96388-7

【分担者】
平川智章1,2,4・谷内めぐみ2,4・井口揺子4・Sudarma Bogahawaththwa1,4・吉竹紀子3,4・Shanika Wellagama2,41鹿児島大学連合農学研究科2佐賀大学大学院農学研究科・3佐賀大学大学院先進健康科学研究科・4佐賀大学農学部生化学分野)
植村武史(城西大学薬学部)

 

【本件に関する問い合わせ先】
 辻田 忠志 佐賀大学教育研究院自然科学域農学系 農学部生化学分野
 tada@cc.saga-u.ac.jp
 0952-28-8771

【researchmapのリンク先】
 https://researchmap.jp/tadatsujita

 

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