哺乳類にも有効な抗ストレス誘導因子を昆虫で発見

 生物は様々なストレスに晒されており,それが致死レベル以下であれば生き永らえ,それ以上であれば息絶える。夏の酷暑や複雑な精神的重圧など,多様なストレスを一括りに扱うことはやや無謀かもしれないが,本研究では熱ストレスに焦点を当てて解析を行った。

 時に私たちの生命をも脅かすストレスも,その致死的なレベルは固定的なものではなく,多様な内的・外的要因によって変動する。中でも,“ストレス順応性”あるいは同義の“ホルミシス”という生理現象はその最たるものと言える。しかし,その詳しい誘導分子機構に関しては今も未解明な点が多い。

 私達は,今回,昆虫を用いてストレス順応性誘導のメカニズムについて新たな発見をした。まず,寄生蜂によって寄生され極度のストレス状態にある宿主アワアヨトウ幼虫血清を分析し,N-アセチルチロシンというアミノ酸の一種が特異的に濃度上昇する事を発見した。このN-アセチルチロシンを予め注射し,一定時間後に致死的な熱ストレスを与えたアワヨトウ幼虫は(単なる生理塩水を注射した)対象区の幼虫よりも有意にストレス耐性が高まる事を確認した。N-アセチルチロシンによるストレス耐性増強(緩和)効果は,他の昆虫種,例えば,カイコ幼虫やミツバチ成虫でも観察できた。

 更に,マウスの血液中にもN-アセチルチロシンは存在し,熱ストレスによって濃度上昇する事を確認した。また,予めN-アセチルチロシンを経口投与したマウスでは,ストレスによる血中のストレスホルモン(コルチコステロン)や過酸化脂質の濃度上昇を抑える事が分かり,マウスにおいても昆虫同様のストレス耐性増強(緩和)効果を示す事を立証できた。

 更に,当研究室では,N-アセチルチロシンが(健康な)ヒト血清にも存在する事を確認していることから,恐らく,ヒトにおいても昆虫やマウス同様の生理的効果が期待できる。ストレス耐性増強(緩和)活性成分は,多くの場合,抗加齢(アンチエイジング)作用を示す事も知られている。昆虫でその生理的機能が証明されたN-アセチルチロシンの更なる研究が,基礎生物学のみならず広く予防医学分野にも一石を投ずる可能性が期待される。

 

本研究成果は,EMBO Reports(2020年3月2日12:00CET(中央ヨーロッパ時間)にオンライン版に掲載予定)。

論文詳細の問い合わせ先

 Patricia Knoerrer:pknoerrer@wiley.com

 Joel Maupin:joel.maupin@embo.org

 

 

 

 

【本件に関するお問い合わせ先】

 佐賀大学農学部 教授 早川 洋一    T E L:0952-28-8747

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