バイオ3Dプリンタの技術で簡便なヒトiPS心筋細胞に対する薬剤の心毒性評価手法を開発

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 佐賀大学医学部附属再生医学研究センター 中山功一 センター長、荒井健一 特任助教(現 富山大学医学部生体材料応用講座客員助教)、佐賀大学医学部胸部心臓血管外科 伊藤学 助教らの研究グループは、独自に開発した剣山方式バイオ3Dプリンタの技術を応用して、培養心筋細胞を用いた薬物の心毒性を評価する新しい手法を開発しました。これまでの評価法と比較して、特殊な装置を必要とせずにスマートフォン内臓のビデオカメラと顕微鏡などの比較的安価な装置だけで心筋細胞の拍動リズムと強さを同時に簡単に解析できるようになりました。ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いることで、従来の動物を用いた毒性試験で検出できなかったヒトだけに生じる特異的な心毒性を生体外で検出できるため、新薬の開発に貢献できると期待されます。

 

ポイント

〇拍動する立体的な心筋構造体を“剣山”に刺したまま録画し独自に開発した動画解析ソフトに処理するだけで、特別な解析装置を必要とせず心筋細胞の拍動のリズムとパワーが同時に解析できる。

〇細胞以外の生体材料が混ざっていないため、薬材が生体材料に吸着される恐れがなく、より正確な薬効の解析が期待できる。

〇他の心毒性解析手法では困難であった薬剤投与後の心筋細胞構造体の病理解析ができる。

〇“剣山”の針に電極をつなぐことで、他の立体心筋培養では計測困難な電位の計測も可能となる。

〇スマホで録画/解析することも可能であり、学生実験レベルから、ヒトiPS細胞由来心筋細胞のハイスループット医薬品安全性試験への応用まで、この技術の発展が期待できる。

 

背景

 新薬の開発には長い年月と巨額の開発コストがかかっており、1つの新薬候補物質が患者さんに届くまでの成功確率は2万分の1とも言われています。患者さんに届くまでに様々な試験を行い動物実験、健常者への投与試験などを行い効果と安全性をみながら開発の段階を進めていきます。しかしながら、動物には異常が認められなかった新薬候補物質が、ヒトに投与すると重篤な副作用を起こし開発が中止となるケースは頻繁にみられます。そのうちの約20%が心臓への副作用とされており、ヒトへの試験までに数年間以上費やした開発費が無駄となり、新薬開発コストを大幅に増大させる一因とみなされています。そのため、早い段階で心毒性を評価する手法の開発が求められるようになりました。

 特にヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いることで、ヒトに直接投与することなく動物実験では検出されないヒト特異的心毒性を評価することが可能となり、世界的に様々な手法の開発が増えてきました。

 しかし現在主流となっている評価法は、微細な電極が埋め込められた特殊な培養皿に心筋細胞をシート状に培養し電位を計測する高価な解析装置が用いられており、解析できるデータは心筋細胞が拍動する電位(リズム)が主体でした。

 他方、心筋細胞をコラーゲンゲルなどの生体材料に混ぜて立体化し、拍動を解析する手法もいくつか開発されています。しかし、ほとんどの生体材料は薬剤との親和性も高いため、心筋細胞に届く前に薬剤が材料に吸着されてしまい、本来の薬効が発揮できない可能性があります。

 

研究成果

 本研究グループは剣山方式によるバイオ3Dプリンタで作られた心筋細胞構造体を動画解析するだけで、拍動が解析できることを10年以上前から発見していましたが、均一な表面を持つ心筋細胞構造体を長時間動画処理だけで拍動を安定的に追跡することは困難であるため、薬効解析には応用できないと判断していました。

 しかし、剣山の針に刺さったままの心筋細胞構造体は拍動するたびに剣山上の針の先端を曲げています。そこで、針の先端の動きを独自開発ソフトによる動画解析で追跡し、針の移動量を時間軸とともにグラフ化することで、より正確な拍動解析が可能となりました。

 さらに様々な薬剤を剣山上で拍動するヒトiPS心筋細構造体に投与し、従来の解析手法と同等の波形の記録に成功しました。

 薬剤によっては心筋細胞だけを死滅させてしまうものもありますが、本方式で解析された心筋細胞構造体は他の解析手法では物理的に困難な病理検査を行うことができるため、より詳細な副作用の解析ができると期待されます。

 

 

図1 技術の概要

 

 

 

図2 解析方法の説明

 

 

図3-1 薬剤Aの投与結果:直後から拍動とリズムが増強する。洗浄後徐々に回復

 

 

図3-2 薬剤Bの投与結果:リズムに変化はないが、収縮力の低下を認める。しかし洗浄すると収縮力が回復する。

 

 

図3-3 薬剤Cの結果:リズムに変化なく収縮力が徐々に低下し回復しない。

 

 

図3-4 薬剤Dの結果:リズムの異常(=不整脈)が認められる。

 

 

図4 薬剤C添加後それぞれ切片にし心筋細胞特異的タンパク質(トロポニンT)を染色した組織像:トロポニンTの発現が低下(茶色) 

 

 

 

参考 MEA(マルチ電極アレイ)システム

 培養皿の表面にたくさんの電極がついている。

(http://alphamedsci.com/products/,    Cells 2019, 8(11), 1331; https://doi.org/10.3390/cells8111331より引用)

 

用語解説

バイオ3Dプリンタ

 多数の細胞などの原料と3次元デザインをセットすると、元のデザイン通りの立体構造体を出力する装置の総称。さまざまな手法が存在するが技術全般をバイオファブリケーションとも呼ぶ。世界で100以上の企業や研究者グループが取り組んでいる。当該研究グループは「剣山メソッド」と呼ばれる独自方式によって細胞だけで外科的操作に耐えられる強度を持った細胞構造体をプリントできる独自のバイオ3Dプリンタを開発している。2019年11月現在、細胞だけで外科的操作に耐えうる立体構造体を作製・出力できるバイオ3Dプリンタは当該研究グループが開発した装置のみである。

  

スキャフォールド(足場材料)フリー:Scaffold free

 再生医療、特に組織工学(ティシューエンジニアリング)の研究分野では細胞だけ集めても複雑な立体化は困難と考えられており、細胞の足場となるポリマーやハイドロゲルなどの生体材料を混和するのが国内外の研究者の常識とされていた。我々の技術は生体材料を用いることなく細胞だけで立体化に成功したため、足場材料無し=スキャフォールドフリーと呼ばれている。

 

トロポニンT

 心筋トロポニンTは心筋細胞の蛋白。心筋細胞が損傷すると(心筋壊死)発現が低下する。

 

 

この研究成果は、「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」誌(電子版)に2020年6月2日付けにて掲載されます。

http://atwww.nature.com/articles/s41598-020-65681-y

 

本研究は科学研究費補助金(16K15633、18K08763)、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団、富士フィルム株式会社の支援を受けました。

 

 

 

 

【本件に関するお問い合わせ先】 

 佐賀大学医学部附属 再生医学研究センター 教授 

 中山 功一(なかやま こういち)

 E-mail:info@nakayama-labs.com

 

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