SGLT2阻害薬の循環器疾患への作用が“クラスエフェクト”であることを示唆 - 国内疫学ビッグデータからの知見 -

            

                     

1.発表者
 小室 一成 (東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院循環器内科 教授)
 金子 英弘 (東京大学大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任講師)
 康永 秀生 (東京大学大学院医学系研究科 臨床疫学・経済学 教授)
 野出 孝一 (佐賀大学医学部 循環器内科 教授)
 森田 啓行 (東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院循環器内科 講師)
 武田 憲文 (東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教[特任講師(病院)])
 藤生 克仁 (東京大学大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任准教授)
 岡田 啓  (東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座 特任助教)
 鈴木 裕太 (東京大学医学部附属病院 循環器内科 研究員)

2.発表のポイント:
 ◆糖尿病(注1)の治療薬として開発されたSGLT2阻害薬(注2)は、循環器疾患や慢性腎臓病の治療にも適応が拡大しています。国
  内ではSGLT2の選択性や作用時間が異なる6種類の薬剤が保険適用されていますが、薬剤間でその効果に差があるのかについては
  明らかではありませんでした。
 ◆日本人の疫学ビッグデータをもとに、循環器疾患や慢性腎臓病の治療薬としても注目されるSGLT2阻害薬の薬剤間で、心不全など
  の循環器疾患の発症率が同等であることを報告しました。
 ◆本研究からSGLT2阻害薬間で循環器疾患の発症率は同等であり、SGLT2阻害薬の効果は「クラスエフェクト(注3)」であること
  が示唆されました。

3.発表概要
  SGLT2阻害薬は、腎臓にある近位尿細管での糖の再吸収を阻害することで血糖値を下げる糖尿病治療薬として開発されました。そ
 して、近年の大規模臨床試験において、SGLT2阻害薬は、糖尿病の有無に関わらず、心不全や慢性腎臓病に対して保護的に作用する
 ことが示されたことから、糖尿病のみならず心不全などの循環器疾患や慢性腎臓病などの多くの生活習慣病治療に用いられるように
 なっています。その一方で、現在、国内では6種類のSGLT2阻害薬が保険適用されていますが、SGLT2阻害薬の効果に薬剤間で差があ
 るのか、あるいはその効果はSGLT2阻害薬として共通(クラスエフェクト)なのかについては臨床におけるエビデンスが乏しい状況
 でした。
  この度、東京大学の小室一成教授、金子英弘特任講師、康永秀生教授、岡田啓特任助教、鈴木裕太研究員、佐賀大学の野出孝一教
 授らの研究グループは、国内の大規模なレセプトデータベースを用いて、約25,000症例の新規にSGLT2阻害薬が処方された糖尿病症
 例を解析し、SGLT2阻害薬の6種類の薬剤間で、心不全や心筋梗塞、脳卒中などの循環器疾患の発症率が同等であることを示しまし
 た。これは、SGLT2阻害薬の循環器疾患への作用がクラスエフェクトであることを示唆するものです。本研究成果は、今後の生活習
 慣病や循環器疾患の診療におけるSGLT2阻害薬の使用にあたり、重要なリアルワールドエビデンス(注4)になることが期待されま
 す。
  なお本研究は、厚生労働省科学研究費補助金(厚生労働行政推進調査事業費補助金・政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事
 業)「診療現場の実態に即した医療ビッグデータを利活用できる人材育成促進に資するための研究」課題番号:21AA2007、研究代
 表者:康永秀生)の支援により行われ、日本時間5月18日に医学雑誌「Cardiovascular Diabetology」に掲載されました。

4.発表内容
(1)研究の背景
  SGLT2阻害薬は糖尿病治療薬として開発され、大規模臨床試験において循環器疾患(とりわけ心不全)の発症率を低下させること
 が示されました。これにともない臨床現場におけるニーズは高まり、SGLT2阻害薬の処方数は急増しています。一方で、個々の
 SGLT2阻害薬の循環器疾患に対する保護効果の大きさは、これまでの大規模臨床試験において必ずしも一貫していません。また、い
 くつかの研究では、主にSGLT2の選択性の違いにより、個々のSGLT2阻害薬間で薬理効果や転帰(治療後の症状の経過)に差が生じ
 る可能性があることが報告されています。しかし、大規模な疫学データを用いて、SGLT2阻害薬の薬剤間で循環器疾患の発症リスク
 を比較した研究は少なく、SGLT2阻害薬の循環器疾患に対する保護効果が、クラスエフェクトと考えて良いのかについては議論が分
 かれるところでした。SGLT2阻害薬は、日本においては、2014年に初めて保険適用され、現在では6種類のSGLT2阻害薬が市販され
 ています。今回、新たにSGLT2阻害薬を処方された約25,000人の糖尿病症例を大規模なリアルワールドデータを用いて検討し、個々
 のSGLT2阻害薬の薬剤間で心不全、心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心房細動の発症リスクを比較しました。

(2)研究の内容
  本研究においては、2005年1月から2020年4月までにJMDC Claims Database(注5)に登録され、登録4か月以上が経過してから
 糖尿病に対してSGLT2阻害薬が処方され、循環器疾患や透析治療歴のない25,315症例(年齢中央値52歳、83%が男性、HbA1c中央
 値7.5%)を解析対象としました。6種類のSGLT2阻害薬について、それぞれ、エンパグリフロジン(empagliflozin)は5,302症例、
 ダパグリフロジン(dapagliflozin)は4,681症例、カナグリフロジン(canagliflozin)は4,411症例、それ以外のSGLT2阻害薬は
 10,921症例(イプラグリフロジン(ipragliflozin)5,275症例、トホグリフロジン(tofogliflozin)3,074症例、ルセオグリフロジン
 (luseogliflozin)2,572症例)に対して処方されていました。
  まず、平均観察期間814 ± 591日の間に、855例の心不全、143例の心筋梗塞、815例の狭心症、340例の脳卒中、そして139例の心
 房細動が記録されました。年齢や性別、併存疾患やその他の糖尿病治療薬で補正した解析で、エンパグリフロジン、ダパグリフロジ
 ン、カナグリフロジン、その他のSGLT2阻害薬の間で、心不全、心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心房細動の発症リスクはいずれも同等
 でした(図1)。この結果は、循環器疾患におけるSGLT2阻害薬の効果が薬剤間で共通している「クラスエフェクト」であることを
 示唆しています。

(3)社会的意義
  本研究では、JMDC Claims Databaseの登録症例が主に中規模以上の企業に勤務するビジネスマンとその家族であることによる選
 択バイアスの可能性など、今後考慮が必要な項目もあります。一方で、糖尿病や循環器疾患に対する主要な薬剤としてSGLT2阻害薬
 の注目が高まる中で、SGLT2阻害薬の各薬剤間における循環器疾患の発症リスクが同等である可能性を、大規模なリアルワールド
 データで示したことは、これまでエビデンスの乏しかった臨床の現場に貴重なエビデンスを提供するに至る結果となりました。本研
 究結果が、糖尿病や循環器疾患の予防・治療に役立ち、生活習慣病をもつ患者さんのQOL改善や健康寿命の延伸につながることが期
 待されます。

5.発表雑誌
 雑誌名:Cardiovascular Diabetology(オンライン版:5月18日)
 論文タイトル:Comparison of cardiovascular outcomes between SGLT2 inhibitors in diabetes mellitus
 著者:Yuta Suzuki, PhD; Hidehiro Kaneko, MD; Akira Okada, MD; Hidetaka Itoh, MD; Satoshi Matsuoka, MD; Katsuhito Fujiu,
    MD; Nobuaki Michihata, MD; Taisuke Jo, MD; Norifumi Takeda, MD; Hiroyuki Morita, MD; Kentaro Kamiya, PhD,
    Atsuhiko Matsunaga, PhD, Junya Ako, MD, Koichi Node, MD; Hideo Yasunaga, MD; and Issei Komuro MD
 DOI番号:10.1186/s12933-022-01508-6

6.問い合わせ先
 <研究内容に関するお問い合わせ先>
 東京大学医学部附属病院 循環器内科
 特任講師 金子 英弘(かねこ ひでひろ)

 佐賀大学医学部 循環器内科
 教授 野出 孝一(ので こういち)

 <広報担当者連絡先>
 東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
 担当:渡部、小岩井
 TEL:03-5800-9188(直通) E-mail:pr@adm.h.u-tokyo.ac.jp

 佐賀大学広報室
 担当:永溪、松永、川島
 TEL:0952-28-8153(直通) E-mail:sagakoho@mail.admin.saga-u.ac.jp

7.用語解説
(注1)糖尿病:
   
インスリンという血糖を下げるホルモンの膵臓からの分泌が低下したり、筋肉や肝臓でのインスリンの効きが悪くなったりする
   (インスリン抵抗性)ことにより、高血糖状態が持続する病気です。糖尿病は網膜症・腎症・神経障害などの合併症を引き起こ
   すほか、心不全や心筋梗塞、脳卒中など、多くの循環器疾患の発症にも寄与しています。現在、国内では約1,000万人の糖尿病
   患者が存在すると考えられています。

(注2SGLT2阻害薬:
   SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管でのブドウ糖の再吸収を担うSGLT2という輸送体の作用を抑制し、尿への糖の排出を促進す
   ることで血糖を下げる作用を発揮します。日本では2014年から保険適用され、現在(2022年5月)では 6種類が使用可能で
   す。SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンが2型糖尿病の症例において、プラセボ群と比較して、心不全入院や心血管死、総
   死亡を有意に低下させることを示したEMPA-REG OUTCOME試験が発表されて以降、SGLT2阻害薬の心血管イベント(特に心不
   全)や腎イベントの抑制効果が多くの大規模臨床試験で報告されました。現在では、糖尿病治療のみならず心不全や慢性腎臓病
   など幅広い生活習慣病治療に適応が拡大しています。

(注3)クラスエフェクト:
   
個別の薬剤で薬効が異なることなく、薬剤全般に共通する効果。本研究の場合、SGLT2阻害薬の各薬剤間では効果に差がないこ
   とが考察され、その効果はSGLT2阻害薬全般に共通するクラスエフェクトと考えられます。

(注4)リアルワールドエビデンス:
   
レセプトデータ、健診データ、電子カルテデータ、患者レジストリーデータなど実際の臨床現場(リアルワールド)から得られ
   るエビデンス。レセプトデータや健診データから得られる情報は膨大であり、それらの解析は多くの場合、医療ビッグデータ解
   析につながります。

(注5JMDC Claims Database
   
株式会社JMDCが提供する国内で最大規模の健診・レセプトデータベースで、主に中規模以上の企業に勤務するビジネスマンと
   その家族の健康診断や保険レセプトの情報が統合されています。

8.添付資料
           

                図1 SGLT2阻害薬の薬剤間における循環器疾患の発症リスク

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