育児に取り組む際の「活力・熱意・没頭」を測る新たな尺度を開発 ~働く親の調査で、仕事の充実が育児の充実につながる可能性や、育児の充実と幸福感・人生満足度との関連を確認~


 佐賀大学ウェルビーイング創造センターの小林百雲子准教授らの研究チームは、育児に取り組む際の「活力」「熱意」「没頭」からなる、前向きで充実した心理状態を測定する9項目の「育児エンゲイジメント尺度(Parenting Engagement Scale: PES)」を新たに開発しました。
 日本国内で未就学児を育てながら働く親を対象に、予備調査600人と本調査800人を実施しました。その結果、育児エンゲイジメントが高い人ほど、幸福感や人生満足度が高い傾向が確認されました。また、仕事に前向きで充実した状態である「ワーク・エンゲイジメント」が、育児エンゲイジメントの高さと関連することも示されました(図1)。
 本研究は、育児を負担やストレスだけでなく、活力や充実という肯定的な側面から捉える新たな指標を提示するとともに、仕事での充実が育児の充実につながる可能性や、育児の充実とウェルビーイングとの関連を示したものです。本研究成果は、国際学術誌『Acta Psychologica』に掲載されました。(10月29日公開)


                     図1 本研究の模式図

〇 研究の背景
 日本では少子化が進むなか、仕事と育児の両立が大きな社会課題となっています。育児休業や柔軟な働き方などの制度は拡充されてきましたが、育児負担には男女差が残り、特に女性の就業継続やキャリア形成への影響が指摘されています。また、仕事と家庭の葛藤は、働く親の心身の健康やウェルビーイングに加え、子どもを持つ意向にも関わる可能性があります。一方、仕事と育児は必ずしも対立するものではありません。仕事で得た技能や自信、活力、肯定的な感情が育児に生かされるなど、一方の役割での経験が、もう一方の役割を豊かにする可能性もあります。しかし、これまでの研究では、育児ストレスや仕事と家庭の葛藤、親の燃え尽きなど、働く親が抱える困難の軽減に重点が置かれ、育児と仕事の両立における肯定的な波及と、その条件や効果は十分に検討されていませんでした。また、親が育児に取り組む際の「活力」「熱意」「没頭」といった、前向きで充実した心理状態を測定する尺度も十分に整備されていませんでした。

 そこで本研究では、仕事に対する前向きで充実した心理状態を表す「ワーク・エンゲイジメント」の概念を育児に拡張し、「育児エンゲイジメント」と定義しました。そして、これを測定する9項目の尺度を開発し、信頼性と妥当性を検証しました。さらに、育児負担や育児の資源、レジリエンス(困難に対処する力)、ワーク・エンゲイジメント、幸福感や人生満足度などのウェルビーイングとの関連を、働く親の要求度―資源モデル(Working-Parent Demands–Resources: WPDR)に基づいて検討しました。

〇 研究の方法
 2025年3月に日本国内で未就学児(小学校入学前の0~6歳児)を1人以上育てる就業者を対象にオンライン調査を行いました。予備調査600人の回答をもとに質問項目を選び、別の参加者800人の本調査で、尺度の構造や信頼性を確認するとともに、関連する心理指標との相関関係から妥当性を検証しました。さらに、働く親の要求度―資源モデル(Working-Parent Demands–Resources model: WPDR model)に基づき、ワーク・エンゲイジメント、育児負担、育児における心理的な充足感、レジリエンス(困難に対応する力)、幸福感、人生満足度、人生の意味・目的と、育児エンゲイジメントとの関連を、本調査データを用いた共分散構造分析(複数の要因の関係を総合的に調べる統計手法)によって検証しました。

〇 主な結果
1.育児の「活力・熱意・没頭」を測定する9項目の尺度を開発
 育児に取り組む際の前向きで充実した心理状態を測る「育児エンゲイジメント尺度」を開発し、信頼性と妥当性を確認しました。本尺度は「活力」「熱意」「没頭」の3つの要素から構成されます。
2.仕事の充実が育児の充実につながる可能性
 育児エンゲイジメントとワーク・エンゲイジメントの間には、正の相関関係が認められました。さらに、複数の要因の関連を検討した共分散構造分析では、ワーク・エンゲイジメントから育児エンゲイジメントへの正の関連が示されました。この結果は、仕事に活力ややりがいを感じていることが、育児の充実にもつながる可能性を示唆しています。
3.育児の充実は幸福感や人生満足度と関連
 育児エンゲイジメントが高い人ほど、幸福感や人生満足度が高く、人生の意味や目的について考える頻度も高い傾向が認められました。また、育児における自分なりの選択(自律性)、育児への手応え(有能感)、周囲の人とのつながり(関係性)といった心理的な充足感やレジリエンス(困難に対処する力)は育児エンゲイジメントの高さと、育児負担は育児エンゲイジメントの低さと関連していました。

〇 研究の意義と今後の展望
 本研究は、主に仕事の領域で発展してきたエンゲイジメントの概念を育児に広げ、親が育児に取り組む際の活力・熱意・没頭を測定する尺度を開発した点に学術的意義があります。
 さらに、仕事に前向きで充実した状態が育児の充実にもつながる可能性や、育児の充実が幸福感や人生満足度と関連することを示した点も重要な成果です。仕事と育児を対立するものとしてだけでなく、それぞれの肯定的な側面に着目することで、仕事と育児の両立支援を、負担の軽減に加えて、活力や充実を支える視点から考える新たな手がかりを提示しました。

 また、育児負担、育児における基本的心理欲求の充足、レジリエンス、仕事と育児のエンゲイジメント、ウェルビーイングの関連を捉える「働く親の要求度―資源モデル(Working-Parent Demands–Resources model: WPDR model)」を提案しました。今後、モデルのさらなる検証が必要ですが、親の自律性や有能感、周囲とのつながりを支える環境づくりなど、子育て支援や両立支援への応用が期待されます。

 本研究の対象は、日本のオンライン調査に参加した未就学児を育てる就労者であり、結果がすべての親に当てはまるとは限りません。また、1時点の調査であるため、因果関係や具体的な支援策の効果は明らかにできません。今後は、縦断調査によって時間的な変化を検証し因果関係を明らかにするとともに、親の自律性、有能感、他者とのつながり、困難に対処する力を支え、育児エンゲイジメントを向上するための、介入プログラムの開発と効果検証を進めます。

・論文情報
 論文名:Parenting engagement in the preschool parenting period: Development of a brief scale and evidence from a
     working-parent demands–resources model
 著者:Momoko Kobayashi, Hiroshi Ikeda
 掲載誌:Acta Psychologica, 271, 108057.
 DOI:https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2026.108057
 ※本研究はJSPS科研費26K16857の助成を受けたものです。

・育児エンゲイジメント尺度(Parenting Engagement Scale: PES)
 ダウンロードはこちら:https://mkobayashi.labby.jp/page/tool/PPP

 

【本件に関する問い合わせ先】
  佐賀大学ウェルビーイング創造センター 准教授 小林百雲子
   E-mail:kobamo(at)cc.saga-u.ac.jp ※(at)を@に置き換えてください。
   研究室HP:https://mkobayashi.labby.jp/
   Research map:https://researchmap.jp/kbm21

 

戻る

TOP